私のかわいい子猫ちゃん 5

「不合格だ」
 着替えを持ってバスルームに入ってきたシャルマンは、シャワーカーテンの隙間から椅子にかけられたタオルに手を伸ばすアレクサンドルにそう告げるとその手を握ってカーテンの奥に押し戻した。
「もう一度洗うよ。石鹸を取って」
 恥じる間もなく、抵抗もできないままにすんなりとそれを受け入れたアレクサンドルは、大人しく言われたとおりにソープトレーに手を伸ばす。
 シャルマンは持ってきた着替えをタオルと同じくそばの椅子の背にかけると、さっさと袖をたくし上げ裸のままのアレクサンドルから落ちる水滴を気にも止めずその奥のシャワーのハンドルを回した。自らの手で温度を確かめ、青年と浴槽をざっと流すとバスタブの栓を閉める。
「ちゃんとお湯に浸かったかい? まだ手が冷たい」
 バスルームに響く声は穏やかで、甘いそれが湯の熱と一緒にアレクサンドルの体にしみていく。アレクサンドルは抱えられるような格好のまま、自分から滴る水滴が男の袖をぽつぽつと濃く染めるのを見つめた。
「……シャワーだけ」
「悪い子だ。座って」
 肩を掴んでぐるりと体を回された勢いのままアレクサンドルがしゃがみ込む。バスタブの横に置かれた椅子に腰掛けたシャルマンがその肩越しに手を伸ばし、体にかけていて、とシャワーノズルを手渡すのを、アレクサンドルは二、三度うなずいて受け取った。溜まり始めている湯が跳ねないよう、指示のとおり自分に向けてそれを当てる。十分に足を伸ばせる広さの浴槽に擦り傷の目立つ膝を抱えて座るアレクサンドルを見て、シャルマンはまあいいかとやや不満げに鼻を鳴らす。濡れた手で石鹸を泡立て、固まった束がいくらか残る髪をほぐしながら洗い始めた。
「風呂は嫌い?」
「いや、風呂に入りたくて来た気がする」
「へえ、風呂のためにわざわざここに」
 風呂目当てと聞き愉快げに笑ったシャルマンの揺れる手が心地良く、アレクサンドルは笑われている意味も飲み込めないままにそれに身を委ねる。
 熱い湯にジンと痺れていた足先が感覚を取り戻し始めた頃、後ろから顎を捕まれ振り向かされた。手に持っていたシャワーノズルが滑り落ち、硬い音と水しぶきを上げて嵩の増した浴槽に沈む。
「こっちを向いて。顔もまだ少し汚れている」
「シャルマン、袖が」
 先程も見ていたはずなのにまるで初めて見つけたかのようにシャルマンの肩口まで濡れたシャツを見て、アレクサンドルが申し訳なさそうに上目でそれを辿った。シャルマンは全く気にしていない様子で泡だらけの手でアレクサンドルの頬を撫でながら、大げさな素振りで肩をすくめた。
「そんなのはいいんだ。君の美しい髪が汚れたままになるよりよほどいい」
 首筋を包むように降りてきた、湯に比べると随分ぬるい手の温度にすがるようにして、アレクサンドルはその腕を掴んで、引き寄せた男の胸元に顔を埋める。前のめりにバランスを崩して浴槽の縁に手をついたシャルマンの懐からは、喉奥で押し潰された嗚咽が少しの間だけ漏れ聞こえた。

2022.01.05 初稿
2024.02.06 加筆修正