彼は如何にして迷える子猫となったか 1


 器物損壊や窃盗事件なんてのは思っているよりも身近でどこにでもあるものだと、焦った様子で鍵をとっかえひっかえ丶丶丶丶丶丶丶丶鍵穴に差し込む、若い、と言ってもアレクサンドルよりは年配の修道士の横で、つまらなさそうにベンが語る。
「大丈夫だとは思うんですけど、確認はしてもらわなきゃいけないんでね」
「そうですよね。あぁ、これも違うみたいです……」
 そろそろ夕方と言える時分、いくらか日が伸びたとはいえすでに薄暗いあたりを、まばらに灯り始めた街灯が照らしている。巡視の最中に偶然に見つけてしまった窓の割られた教会管轄の建物の前で、アレクサンドルは車の横に立ちベンと修道士二人を眺めていた。
「お忙しい中すみません……」
「いえ、こちらは仕事ですからね。お二人こそお忙しい時間でしょうに、お呼び立てしてしまって」
「いえ、私達は全然……」
 発見から本部を通して教会に連絡し、危険性と緊急性はないからと寒さから逃れるためにのんきに車内でコーヒーブレイクをしながら待機していたところに現れた二人の修道士はどう見ても「面倒事を押し付けられたあまり利発そうではない比較的若手の修道士」で、重たそうなカソックにアレルギーでも起こしたかのようにベンが一瞬顔をしかめたのをアレクサンドルは見逃さなかった。
 持ってきた数多の鍵のうちのいくつめかの挑戦も失敗に終わったようだ。慌てた様子で鍵を選んでは試す修道士とその隣で一致しなかった鍵を受け取るだけのただ焦った様子のもう一人の修道士のおっとり丶丶丶丶したやりとりに、ベンが「予想が的中した」とばかりにどうにかしろと目線を寄越すが、こればかりは誰にも解決しようがない。アレクサンドルはつい先程のベンを真似て顔をしかめ、すぐにからかうように眉を持ち上げ肩をすくめて見せた。
 ボンネットの上に広げられたままの革の巻物のようなキーケースには、順序も間隔もまばらにいくつかの鍵束が簡素な金具で引っ掛けられていた。施設名と簡易な住所、識別のための番号が振られた金属のタグが鍵と一緒に括られている。持ち出しやすい形状は教会の外部施設の鍵ばかりが集められているのが理由だろう。
(なんて不用心)
 間違いなく厳重な管理が必要であろうキーケースには微塵も意識が向いていない二人の修道士を前に、ベンとアレクサンドルが目配せしてため息をつく。それを見張っておけというベンとアレクサンドルの無言のやり取りに、焦る二人は少しも気付かない。彼らの相手をするよりはマシかと、アレクサンドルは鍵束の中からタグを引っ張り出し施設名をなぞる。あれも違うこれも違うと後ろから聞こえる会話を聞きながら、ふと目に入ったタグに興味を引かれて持ち上げた。
(これ……)
「すみません、持っていったの全部違ったみたいで……」
「あっ、ハイそうみたいですね。これじゃないですか」
 いくつか前に見つけた「宿」が一度消され「備蓄」と書き足されたタグの束を指すと、パッと表情を明るくした修道士がそれを取り外しタグをまさぐる。
「おそらくこれです! ありがとうございます!」
 いや、と笑うアレクサンドルは、声をかけられ握った拍子に金具ごと外れてしまった手の中の鍵束が修道士から見えないよう腕を体の後ろに回した。さっさと扉の前に戻っていった修道士が反応のあった錠に歓喜と安堵の声をあげる。では中を一緒に確認しましょうと二人に声をかけるベンからは、キーケースを持って一緒に来いという視線が投げられた。アレクサンドルは手の中の鍵束をジャケットのポケットにねじ込み、無理矢理にまとめたキーケースを抱えてすぐあとに続いた。

2022.07.14 初稿
2024.04.25 加筆修正