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家族写真を残す前にしたほうがいい事

前回、家族写真についての思い出と考察を書いたが
もちろん我が家でも家族写真をはじめ記録を付けることの大切さを感じ、こまめに日記を書いたり写真を撮ったり記録している。
子供の写真、動画、育児日記、何をしゃべったか、どんな面白い事をしたか。

家族の歴史にはいろいろ波があるけど、写真を見返せば思い出話として残るから不仲な時期でも家族写真を撮っておくべきという意見を度々耳にする。

私もその考えにはおおむね賛成である。
いま13歳の長女が小学3年生で絶賛反抗期になり、それは最悪な親子関係だったけれど、そのころの写真の中の私と長女はそれなりに仲がよさそうに撮られているし、今はその時期を乗り越え、関係が更に深まったのでそれも思い出として昇華されたのだと思う。

ただ、昇華しきれない思い出もある。
ずいぶん昔に、仲が良かった恋人がいた。
時がたつにつれてその関係は冷え切ってきたが、馴染みの写真館が気を利かせて私たちを撮影してくれた事がある。
それはそれは素敵に写真を撮ってもらったし、感動的なプチムービーまで作ってくれた。
そこには見つめあってほほ笑むいかにも幸せそうな二人の姿があった。

ただ、私はそれを見た日に嫌悪感でいっぱいになり耐えきれなくて家出をしたのだ。
仲が最悪だったころの写真。

撮影してもらった写真を見たとき、同業者でありながらそんな気持ちになってしまった自分に心底落胆した。
そしてどんなに腕が良いカメラマンが素敵に撮ってくれた写真でも、受けとり手ー被写体の気持ちが全てだと学んだ。

今でもその写真は見られない。

写真が良い思い出になる、と言うのはその関係性が上手くいっている、あるいは続けていくと心の中に決めている場合だけだ。

仲が良いから家族写真を撮るのと、家族写真を撮るから仲が良くなるのはやはりイコールではない。
そもそも不仲でも写真は撮っておこうという関係は、まだ修復可能な段階なのだ。

写真はその時の思い出を呼び起こすフックだ。
その思い出が強烈であればあるほど良いものも悪いものも残ってしまう。
その気持ちが昇華できていればいずれ良い思い出になるのかもしれない。

でも私はその気持ちを体験して、家族写真を撮るにはやはり大前提としてその家族の関係性からちゃんと構築していく必要があると感じた。
家族の関係性がまずはじめにあり、愛情を構築した先の副産物が写真であってほしい。
写真がいちばんになってしまってはいけない、と自戒も込めて自分の会社でも伝えている。

だから写真を撮るのであれば、後で見返した時に具体的なことを覚えてなくても
心の中にふっと温かいものが湧き上がるような、そんな写真を撮りたいし、そんな楽しい思い出ができた場所にしたいと思っている。

それは仕事でも、自分の家族に対してもそうだ。

3番目が生まれるとき、実は夫と2人でその時の同じ写真館で撮影をした。
一緒に撮った写真はすごく嬉しくて、この瞬間を形に残せたことに感動し、一生の宝物にしようと思った。
久しぶりに写真を撮る意味を心から実感したし、そしてこの気持ちのまま写真を撮ることがこれからもできるように関係性を作っていこうと誓ったのだ。

それは私の中である種の楔のようなものである。
ただ、それを守ることで私は自分のアイデンティティを保っている。

夫や子供の良いところを書き留めているノートがある。
私の心が揺れるときにそのノートを見ると、たくさんの思い出が書いてあって一生懸命あの時を生きていた自分を抱きしめてあげたくなるし、初心に戻ることができる。
まだそう思っているうちは私は大丈夫だとも思える、お守りみたいなノートだ。

そうやって毎年撮る家族写真で、私は今年一年を振り返り、家族のメンテナンスがちゃんとできているか確認しているのである。

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私も大好きです♡
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日本おひるねアート協会代表。写真集3冊出版。 おひるねアートとは「赤ちゃんに背景や小物をつけて撮影をする、赤ちゃんと一緒に作るアート写真」 noteでは主にパートナーシップや家族の在り方、子育てについて書いています。 良い写真は良い関係から生まれる。関係性の構築からまず始めよう。