蜘蛛を潰せない 2021年6月29日の日記

彩瀬まるの『あのひとは蜘蛛を潰せない』を読んだ。上手すぎる。過干渉ぎみな母親の「みっともない」という価値判断に縛られて、精神的にも肉体的にも身動きが取れなくなっている28歳のドラッグストア店長が価値観の全然違う大学生と交際を始める……というのがあらすじというか背景となる設定なのだけど、その見せ方の濃淡のようなものが極めて上手い。

この物語に通底しているものは「価値判断を他人に委ねてしまうこと」として単純に纏めることができるのだと思うけれど、それがもととなって生まれている主人公から見た世界の問題というのは、問題同士が絡み合ってそれぞれの因果関係がもうわからないほどに複層化してしまっている。言い換えると、この物語において主人公を縛っているのは「価値判断の放棄」という大本があるのだけど、それを根とした大量の問題が具体的にごろごろ登場するので、主人公からはその根本が見えない(見ようとしていない)のだ。

反対に物語の作り方の方から照らしてやると、決定的な出来事が起こって話が動くような作りにはなっていないというのに主人公を含めた人間が少しずつ思考を巡らせているのが伝わってくるのは、根を同じくする複数の問題を緩やかに連携させながら、線ではなく面で物語を転がしているからと言えるのだと思う。長いお話を作るときって、クライムサスペンスみたいに一本道で目の前の小タスクを一つずつ片付けながら大目標を達成するものもあれば、このように複層的な問題を網目を丁寧に手繰りながら紡いでいくものもあると思うんだけど、本作はまさに後者。大本と枝葉の接続が綺麗で、そのゆるやかな接続が唐突だけど自然な言葉選びの部分にまでしゃなりと樹液を流しているようでもある。

どれか一つの表出している問題とそれにまつわる主人公の懊悩に近視眼的に共感を寄せてしまいそうになるし、それは間違った読みではないと思うのだけど、主人公が囚われていたのはまさにそういった枝葉への価値判断であるので、その「紐解けなさ」や「バラせなさ」のようなところに注目して読んでみるのも面白いんじゃないかな、なんてことを思った。というか文章めちゃくちゃ上手くない? 大学生の家に初めて訪れるシーンなんか、言葉一つ変えてしまえば雰囲気が崩れ去るような危ういバランスの上にしっかりと成り立せているように見える。「生活、今よりちょっとだけ頑張ろうかな」と思えるパワフルな一冊でした。本当に上手かったな……。

都合によりいくつかの日記を非公開状態にしました。ごめん!


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