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やっぱりデュシャンも知らない奴と話すことは何もなかった_マッチングアプリで彼氏が出来た話

前回はこちら↓

こんにちは、現代美術家のあおいうにです。

普段はペインティングメインですが、時折、彼氏募集中ののぼりを掲げて街中を闊歩するなどのパフォーマンスをしております。


詳しくはこちら↓


元彼と別れてしまった理由としては、あおいうにが遠い未来にアートで大成したときに、隣りで笑ってくれてるのがこの人であるというビジョンが見えなかったからです。

やはり、恋人とアートで心の奥底から非言語コミュニケーションで深く繋がり合えないというのは、実存の危機と言ってもいいです。

また、私にはギャラリストや親友など多くの理解者がいますが、隣りにいる恋人には願わくば一番の理解者であってほしいと思ってしまうのです。


それはかなり贅沢なことだとわかってはいたのですが、恋愛は理屈ではありません。

また、心から納得していない相手とそのまま結婚しても、人生に後悔が残ることでしょう。


「結婚は二番目に好きな相手と安定してするもの」

とよく聞きます。しかし私は、「世界で一番好きな相手と幸せの絶頂の中結婚する」という夢が諦めきれなかったのです。


私は妥協を一切やめることにしました。本気で納得いく相手としかもう付き合わないぞ、と。

そこで、まずイメージしました。どんな人と出会いたいか。付き合いたいか。


・眼鏡かけたイケメン

・思想哲学や政治など別のことが専攻だが、美術史も詳しい。

・あおいうにを作家として尊重してくれる。

・病気に理解がある。 優しい。

・論理的で知的

・なるべく高学歴

・いままでちゃんと恋愛を重ねてきているが、最後にあおいうにを選んでくれる。

・子供要らない。

・歳上で落ち着いてる、結婚を考えてくれる。

・心から通じ合える。運命を感じる。


……こんな感じです。

こんなやつおるかー!!!というかなり理想もりもりのキメラですが……


しかし…………


なんと………………


出会えました!!!!!!!


最初の出会いはマッチングアプリです。

私のプロフィール写真は、山上徹也の肖像でした。

なぜかというと、自身の写真を登録しようとすると、「有名人の写真を使わないで!」とふざけた警告が出て消されてしまうからです。

だから、ヤケになって山上徹也の肖像にしました。


マッチングアプリの画面


そこでマッチングしたのが、今の彼です。


「個展に伺いたいです。」

「個展はかなりセンシティブな内容になりますが、大丈夫ですか?」

「センシティブって、山上とかの絵がですか?大丈夫ですよ。」 


メッセージしはじめて数時間で、その当日やっていた個展に来てくれることになりました。


彼いわく、プロフィールを山上徹也にしてる女には絶対に会わなければならないと思ったらしいです。


個展は、かなりゆっくり観てくれました。

1時間ぐらい滞在してたかなと。

ドローイングファイルも1ページ1ページ、壁面に貼ってあるインタビュー記事なども隈なく。


帰ってから、メッセージがきました。

「特にセンシティブと思わなかった。ただやりたいこと、やるべきことをやっているだけで。色が綺麗だった。」

とのこと。


あとから聞いた話だと、個展で絵を見た瞬間に「この人と俺は将来付き合うだろう」と思ったらしいです。


それからメッセージを重ね、色々な話をする中で私達が似ていることがわかったり、偶然の一致が重なっていき、「これって、もしかして運命……?」となりました。


「君の絵を見てると鏡を見ているようだ、君の絵は俺だ。」と彼は言います。


私は私で、この人と出会うため生まれてきたんじゃないか、いままでいろいろな人と出会い別れを繰り返してきたのは、全てはこの複線なんじゃないかと思っています。

たとえそれが「恋」という名の「勘違い」だったとしても、いまが幸せです。


彼のスペックは、

・37歳

・慶應文学部卒、フランス文学の研究。卒論はジャックデリダ

・職業は映像制作会社の正社員

・好きな作家は、マラルメ、ドビュッシー、ルドン、ベックリン、ゴヤ、キリコ、マックス・エルンスト、キング・クリムゾン、瀧口修造など

・使える楽器はサックス、シンセ、ギター

・親は美学専攻と大学教授

です。


「私のどこが好き?」と聞くと、迷わず「絵!」と言ってくれます。

これだよこれ、私がほしかった回答!

ずっとこう言ってくれる人に出会いたかった。

苦節32年、長かった。


【絵=自分】

の私にとって、絵を理解されないのは私のことなんもわからないのと同じです。

絵が信仰であり、絵がなかったらまったく空っぽの人間で、絵なくしては語れない人間だからです。

絵が自分の半身どころか、絵は自分そのものなのです。

「あおいうに」とはそういう作家だし、人間だし、女です。

それをわかってくれない人が多すぎる。

あまりにも、私の絵と、絵との関係を軽視される。

「じゃあお前は絵が描けなかったら死ぬのか」という人がいるけど、「はい、死にます。絵が描けない人生は無価値だ。」そうハッキリ答えられます。

その「大前提」を理解してくれない限り、恋人にはなれません。


でも、彼ならわかってくれる。

絵がなかったら死ぬ、人生は絵だ、という私の気持ちを理解してくれる。応援してくれる。

たとえ両腕と視力を失っても絵を描き続けるという、私の生き方を肯定してくれる。


絵画という、非言語コミュニケーションで心の奥底から深く繋がる感覚が、彼とならあるのです。


それは、6年付き合って絵のことを教えてくれた師匠的な人とも、2年付き合って専属カメラマンとしてあおいうにを撮り続けた人とも、3年同棲してアート界を共闘した詩人とも、誰とも成し得なかったことです。


これは、運命としかいいようがないなと。

彼も「好きとか嫌いとか、恋愛かそうでないかを考えるのが野暮なくらい、とにかくビビッとくるんだ。」と言います。

私も同じです。


紆余曲折ありましたが、彼と出会えた運命に感謝します!


あっ、ちなみに顔は山上徹也に似てます。

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