![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/130829268/rectangle_large_type_2_01f922eeb7693ae66fc23ec5dace6cbd.jpeg?width=800)
「上陸者」ボツ原稿_fact.1@プロット沼
782文字・15min
プロローグ
海中に蟹がいる。蟹は、海中で泡だった波に揉まれ、前に後ろにたおれ、からだを起こす。蟹はじぶんが蟹という認識はない。蟹はニンゲンとはちがうシステムで考え、海のなかをあるく。蟹はニンゲンのことば、言語、その意味と概念とは別の世界で生きる。蟹の突きでた目に、黒色に死んだ藻に絡まるアオサが引っかかる。泡で揉まれて水流で消える。波に押し流され、蟹は滑るように浜にあがる。濡れて黒色に光る玉砂利のうえを器用にあるく。空は防波堤とおなじ色だ。寒い。蟹は思った。
ずず。
地面が揺れた。蟹は、からだを波にさらわれる。
蟹は未来が見えた。もちろん蟹のすべてに未来が見えるわけではない。だが、蟹は、未来を目撃した。地下壕の奥の暗い所から鎖につながれた男が引きずりだされ、人々に罵声を浴びせかけられる。鉄パイプで殴られ、コンクリートの瓦礫で造られた十字架に吊るされる。手足を杭で打たれ、武装した男どもが銃床で男を突ついた。蟹はそれを目撃した。それから男の首に大きな刃物が勢いよくふられる。三日後のことだ。
ざぶん。波しぶきがあがる。
その瞬間、蟹は奇跡が起こるのを見る。裂かれた男の首は、まばゆい光りを発し、繋がっていく。が、蟹にはそれはただの事象だ。蟹はそれを奇跡とは思わない。蟹は、寝ぐらへとあるく。横歩きで。蟹は、ふと背後に、大きな影を感じる。蟹の寿命はそこで切れる。踏まれたのだ。甲羅は割れて、内臓はとびだした。蟹の突きでた目が浜に上陸する男の背を見つめる。三日後、この男は、暗く湿った地下壕で斬首刑に遭(あ)う。それから奇跡の蘇(よみがえ)りを果たす。
男は浜に、肩に背負っていた女を、そっと横たえた。
「ハン司令官。自由ってなんですか? 」
男はつぶやく。蟹は男の声をその耳で、聴いた。
男が国道沿いの店にむかう。蟹は、それを見た。
つぎの瞬間、蟹は死んでいた。
よろしければサポートおねがいします サポーターにはnoteにて還元をいたします