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うまいものアンテナ

私には「うまいものアンテナ」がある。

おいしい店の波動をキャッチできる、とでも言えばわかりやすいだろうか。
今では当たり前にも感じる私の中のアンテナに気付いたのはずいぶん前。
話は今から15年以上前に遡る。
その頃、私は結婚して東京都西東京市に住んでいた。
田無市と保谷市が合併して西東京市になったばかりの頃。
住んでいた所は、路線でいうと西武池袋線の保谷駅が最寄駅。

それは少し足を伸ばし自転車でひばりヶ丘方面へ買い物に行った日のこと。
時間は平日のお昼少し前くらいで、ちらほらお弁当など買い求める人を見かけた。通り道沿いのお店にも数人。
そそくさと店の前を通り過ぎたその時。

甘じょっぱい穴子のタレのなんともいい香りが追いかけてきた。

ん⁈

振り向いて店を見る。
それは持ち帰り専門のお鮨屋さんだった。
昔ながらの店頭販売のお弁当屋さん的風体。
赤いプラスチックの屋根に「うおこう」と店名があった。
お持ち帰り用パックに入れた色んな種類の鮨がショーケースに並んで黄色い値札にマジックペンで300円とか500円とか書いてある。

普通だ…

並んでいる鮨の見てくれも普通で、すごく美味しそうとは思わなかった。
でも、でもなんなの。すっごい気になる!
別に穴子が大好きというわけではない。鮨も然り。
しかしこれは今買わないとあとで後悔する、という気がした。
一度通り過ぎた私は引き返し、いい香りの元であろう穴キュウ巻きと
もうひとつ(たしか詰め合わせ)を買った。
どちらもとても安かったように記憶している。
コレを今日のお昼ごはんにしましょ。そんな気軽さで帰宅した。

まあ。こちとら腐っても道産子である。鮨にはちとうるさい。
値段も安いしスーパーで買うお寿司くらいのもんだろう。
そう思っていた。
…食べてびっくり。
そんな気軽な気持ちで食べるレベルの鮨じゃなかったのである。
えー?えー?あの店でこの値段でこんな鮨??
想像の斜め上をいく美味さ。
持ち帰り鮨でこんなに美味いのは初めてだった。
その日帰宅した夫に興奮気味に魚孝のことを話し、週末にまた買いに行こうと決めた。
しかし、私はまた驚かされる。
週末はすぐ買えないほど行列ができていた。
魚孝は近隣の人々に愛されている、知る人ぞ知る名店だった。

当時ネットはあったが、今みたいに情報がたくさん流れているような時代ではなかったし、私自身西東京市に越して日も浅く、知り合いもいなかった。
そんな中で見つけた魚孝の存在は大きかった。

年末やお客様が来る時には電話で予約をして鮨を買い求めた。お客様にはまるで手柄のように魚孝との出会いの話をした。
ワクワクするストーリーがあると美味しいものはさらに美味しくなるんだと知った。信頼できる大好きな店のひとつになった。

こんな間違いない店を見つけたのは、私のこの「うまいものアンテナ」のおかげだと確信している。
アンテナとの付き合いが長くなると、波動にも強さの段階があるとわかる。
なんか気になる…という程度のものは弱め受信だけど、ここは絶対に行かなければならない、と思う時は店に引っ張られている感じがするほど。
そういう店は必ず美味い。
引っ張られる経験は今までに数軒しかない。

「うまいものアンテナ」による出会いは、食べることに命をかけている私にとって何にも代え難い感動を与えてくれるものである。
とはいえこれは宝くじみたいなもので、期待し過ぎるとよくない。
フラットな気持ちで受信を待つのである。
(スピリチュアルなことではありません念のため)
ネットやSNSの情報が多い現代では、なかなかあの時のような感動体験は出来なくなったけれど、いつ受信するか読めない「うまいものアンテナ」に委ねて、またあの時のような思いがけない美味しいものに出会えるのを楽しみにしているのである。

追記:このnoteを書くにあたって魚孝さんのことを調べ直したら、残念ながら2019年に閉店されたそうです。
美味しいお鮨をありがとうございました。

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