魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 52
ヨンベにツィックル便を送ると、すぐに返事が来た。
「クロルリンクムーンって、はじめて聞いたよ。私もいま見てるよ。すごくきれい」
「うん、ほんときれい」私はあらためて満月を見上げながら、しあわせな気持ちに全身つつまれた。「いっしょに見てるのって、なんかうれしいね」
「これが『遠く離れた場所にいる大切な友達との絆』だよね」
「うん」返事のあとおもわず「ふふふふ」と笑った。
もどってきたカードには、「すごい! いま来たカード、楽しそうに空中でぴょんぴょん飛び上がったりくるくるまわったりしてるよ! ポピーの魔力ってほんとすごいよね!」と、びっくり符号がいっぱいついていた。
「まじで?」私はおどろいた。たぶんそれは、私の笑い声がそんな形で届けられたものなんだと思う。
「学校、いつから来るの?」ふいにヨンベはそう送ってきた。
「うーん」私の笑顔はたちまち真顔になってしまった。「ピトゥイが発動したらすぐ行けるんだけどねえ」
「そうかあ。でもピトゥイってむずかしいよねえ」ヨンベの残念そうな顔が頭のなかに浮かぶ。
「うん」私もうなだれつつ返事をした。「投げ技でもないのに、すごくつかれる」
「うんうん」ヨンベはわかってくれた。「たまには思いっきり投げにおいでよ。あ、学校でなくても投げられるか、でもおいでよ」
「うん」私はまた笑顔になった。「明日いく。それか、あさって」それは言葉にしたあと私の心のなかではっきりとした希望、意志となった。うんそうだ、明日学校へ行こう!
「うん、待ってるよ」ヨンベの笑顔が頭の中に浮かぶ。「じゃあ、おやすみ、ポピー」
「うん、おやすみ、ヨンベ」
そうして私たちのツィックル交換は終わった。
「そうね」祖母は私の希望を聞くやいなやうなずいてくれた。「気分転換に、行っていらっしゃい。マーガレットには連絡しておくから。楽しんでね」
「はーい」私は、まるで遠足に行く話みたいに心がわくわくするのを不思議に思いながらも、やっぱりわくわくした。
ユエホワが、祖母に見られないように、ものすごく不満そうな顔をして私を横目でにらんできたけど、無視した。
翌朝、私は早起きしてとてもすがすがしい気持ちで学校へ行く準備をととのえた。
「じゃあ今日は、アポピス類のみんなでピトゥイの練習をするといいんじゃないかしら」祖母が朝食のとき、そう提案した。
「ああ、そうですね」ケイマンがうなずく。「発効するところまで」
「さいでございますですね」サイリュウもうなずく。「ポピーさんに負けぬようにでございますね」そういって笑う。
「学校行ってるあいだに先に呪い解いとくぜ」ルーロも低く早口でいってひひひ、と風の音のように笑う。
ひとりユエホワだけは何もいわず、そしらぬふりで食事をつづけていた。
「ユエホワソ」ハピアンフェルが呼びかける――というか、呼びかけかけてとちゅうで止める。「あなたはピトゥイを使えるの?」
「――」ユエホワは少しびっくりしたように赤い目をまるくして、妖精の乗っているツィックルの葉っぱを見た。「俺? いや……」きょろきょろ、とまわりを見る。「使えないけど」
「そうだ、じゃあユエホワもいっしょに練習しようぜ」ケイマンが明るい声で提案する。「俺たちといっしょに」
「さいでございますね」サイリュウもうなずく。「ユエホワの魔力でもピトゥイが使えるとなりますと心強いことこの上ないかと存じますです」
「そうだな。ユエホワソ」ルーロが低くいい、ひひひひ、とすこし強い風の音のように笑う。
「いー」ユエホワは首をしめられたような声を出しつつもルーロをじろりとにらみ、それからすこしうつむいて「ああ、わかっ……」と、ルーロみたいに小さな声でこたえた。
箒で学校に向かい飛びながら、私はやっぱりわくわくしていた。
わくわくしていたけれど、同時に予想もしていた。
そしてその予想通り、不真面目で悪がしこいだけがとりえの(とりえ、といっていいのかどうか)性悪鬼魔が、うしろから追いついてきた。
「あらどうしたの」私はちらっとだけ横目で緑髪の鬼魔を見ていった。「ユエヒン」
「――」緑髪鬼魔は私の箒の横を直立姿勢で飛びながら、一秒ほど私をじっと見て、それから一秒ほど目をとじて、そして一秒ほど前を向き、一秒ほど下を向き、もう一度私を見てから首を横に振り荒いため息をついた。「なんだ、それ」
「みじかい名前よ」私は前を向いたままルーロのように早口で答えた。「あなたの好きな」
「あのさ」ユエヒンは飛びながら目を閉じ、いった。「頼むから、普通に、元の名前で呼んでくれよ。な。頼むよ」
「じゃあハピアンフェルに、今までのこと謝りなさいよ」私はムートゥ類鬼魔をもういちど横目でにらんでびしっといった。「ぶっつぶすとかなんとか、ひどいこといってごめんなさいって」
「なんで俺が謝らなきゃいけねえんだよ」緑髪鬼魔は声を荒げた。「そもそも先にひどいことしたのはあいつだろ。誘拐して、縛り上げて、飯も食えなくして変な名前までつけて。お前さ、自分がそんなことされたらどう思うかって考えてみろよ。そんなことしやがった相手にごめんなさいなんて自分から謝れるか」
「――」私は目を空の方に向けて、考えてみようとした。
「自分が『ポー』とか『ピー』とかって呼ばれたら、どう思うよ」ユエヒン……ユエホワは両手を私の方に差し伸べて、あえて穏やかな声になりそう訊いてきた。「とってもすてきなみじかい名前とかいって」
「いやよ、そんな名前」私は眉をしかめた。「って、いう」
「だろ」ユエホワは両手をぱんと組み合わせて嬉しそうに言った。「わかるだろ。俺はその逆のパターンなんだよ。な」
「――」私は口を尖らせた。「わかった」ルーロのように低い声で、認める。
「ま、兄ちゃんとしては今回だけ、許してやるよ」鬼魔は飛びながら腕を組んで胸をのけぞらせた。「次からは気をつけろ」ぴしっ、と私を指さす。
「――」私は黙っていた。
「返事は?」ユエホワは私を指さしたまま首をくいっとかしげて厳しく訊いた。
「わかった」
「はい、だろ」
「――」私は自分の頭が、かしっ、と音を立てて四角くなるのを感じた。
「なんだよその目は」ユエホワという名のくそったれ鬼魔は片眉だけをひそめて腕を組んだまま偉そうに言いやがった。「返事は?」
「ふん!」私は飛びながら思い切り顔を鬼魔と逆方向に向け、叫んだ。
「お前、なんだよその態度は」ばかユエホワは怒った。「そんなんじゃ最強の魔法使いになんかなれねえぞ。ガーベラにもフリージアにもなれねえぞっ」
「いいもんならなくても」私は怒り返した。「あたしはポピーだもん!」そう言いながらなぜか、私の目からは涙がぼろぼろこぼれ始めた。
「なに泣いてんだよガキみてえに」あほユエホワは両方の眉をぎゅっとしかめた。「自分が悪いんだろ」
「泣いてないもん」
「泣いてるじゃんか」
「泣いてない」
「泣いてる」
「ふんっ」私は箒の柄を全力でにぎりしめ、最大級のスピードで変な色の髪のやつに背を向け飛びはなれた。「大きらい!」
「ポピー、まてよ」偉そうなムートゥー類が後ろから呼んだけど、むかむかするだけでちっとも待ちたくなかった。
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