魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 56
ディナーのとき、祖母は「でも、まさか本当に四日以内に呪いが解けるとは思ってなかったわ。ほほほほ」と、楽しそうに笑っていった。
「えっ」私はミートパイをほおばるところを止めた。「じゃあ、何日で解けると思ってたの?」
「うーん。それはまったくわからない」祖母は首をふった。「そうとしか思っていなかったわ」
「あの」ケイマンがおずおずとたずねた。「もし、ほんとうに四日で解けなかったら、ぼくたちはほんとうにずっとここに住むことになってたんでしょうか?」アポピス類のほかの二人と、ムートゥー類一人をぐるりと見わたしてきく。
みんなも、目をまるくしていた。
「まあ、おほほほ」祖母はさらに楽しそうに笑った。「それも楽しいかも知れないけれど、でも長引くとやっぱりいろいろ問題がおきそうだから、あるていど頃合いをみて私が解くことも、考えてはいたわ」
「……」私は口をとがらせて祖母を見た。「ほんとうは、あたしが解けるようになるなんて無理だって思ってたの?」
「うーん」祖母は目をとじた。「ふつうに考えれば、無理だと思うでしょうね。でもぜったいにこうだ、なんてことだれにもいえないわ」
「……」私は、なにもいえずにいた。
「なんといってもポピー」祖母は私を見てにっこりと笑った。「あなたは私の孫で、フリージアの娘なんだもの。ふつうではないことが起きる可能性は、ほかのだれよりはるかに高いと思うわ」
だれも、なにもいえずにいた。
「うふふふ」ただひとり、ハピアンフェルだけが楽しそうに笑った。
「さて、それで皆に、いっておかなければならないことがあるわ」祖母はふいにまじめな顔になった。
「はい」
「なんでございますでしょう」
私たちはあらためて祖母の方に顔を向けた。
「じつはここ最近、夜にもアポピス類がこの森へやって来ることが増えているの」
「えっ」私をふくめ皆、身をすくませた。「どうして?」
「月明かりが強いからでしょうね」祖母は窓の方へ目を向けた。「昨夜はクロルリンクムーンだったけれど、それをはさんでの数日は月がいちばん明るくなるわ。彼らは妖精に、月の光を操らせ姿を消した状態で、この森へ――そしてこの家へ、攻め込んで来ようとしているのよ」
「月の光を?」皆は声をそろえておどろいた。
「月の光をあやつるのは、日の光よりもずっとむずかしいわ」ハピアンフェルが、仲間のことを思っているのだろう、つらそうな声で説明する。「暗闇にまぎれてくるほうがまだたやすくできるのに、あえて月の光に照らされた場所で、姿を見えなくする……それはたぶん人間が、昼間よりも夜の方に不安と恐怖を感じやすいからだと思うわ」
「そこまでして、やつらは何をねらっているんだろう?」ケイマンが、自分と同類の鬼魔を“やつら”と呼んで、そういった。
「まだ俺のことねらってんのかな」ユエホワが眉をしかめる。
「それもあるだろうし、もしかしたら意地になっているのかも知れないわね」祖母が肩をすくめる。
「意地に?」皆が声をそろえてきく。
「ええ」祖母はくすくす笑う。「何度来ても、森の木からいやな音やにおいや強い風をふきつけられて入り込めないから、なんとしてでも入り込んでやると思っているのかも知れないわ」
「ああ」私はうなずいた。「ツィッカマハドゥルで?」
「ええ、そうよ」祖母は誇らしげにうなずく。「でも、きりがないからもう止めることにしたの。木々にも負担をかけてしまうし」
「えっ」私とユエホワが同時に目をまるくした。
「ん?」
「なんのことでございますでしょうか?」
「ツィッカマハドゥルって魔法なのか」アポピス類たちは首をかしげる。
「そう」祖母は、ルーロの質問に答えてうなずいた。「ツィッカマハドゥルは、ツィックルから植物に対して命令を出させる魔法――今までは、アポピス類がこの森へ侵入できないように対処させていたけれど、ここらでひとつ、来ても望み通りにはならないぞということを、しっかりと教えてあげましょう」祖母が目を光らせる。
皆、だまりこんだ。
「おばあちゃんが」私もどきどきしていた。「闘うの? アポピス類と」
「森の中まではね」祖母は少しだけ首をかしげた。「この森は私の大切な住まいだから――けれどいつまでも、皆をこの中にかくまっていてあげることはできないわ。森の外に出たならば、そのときは皆で闘うことになるのよ」その瞳は、しずかに燃えているように見えた。
私たちはその言葉を心の中に深くのみこんだ。
私はポケットの中に入れたままの小瓶をぎゅっとにぎりしめながら、
――発動するかも知れないし、発動以外でなにかびっくりするような効果が生まれるかも知れない。
ヨンベのおじさんの言葉が、頭の中でくるくると回るのを追っていた。
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