魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 53

 学校に着くまでに涙は引っこんだけれど、ひさしぶりに会ったヨンベはそれでも私の顔を見るなり「おはよう、どうしたの、なんかあったの?」ときいた。

「あ、うん、ちょっと飛んでるときに目にごみが入っちゃって」私は飛びながら考えたいいわけを伝えた。

「わあ、そうなんだあ」ヨンベは痛そうな顔をした。「目が赤くなってるよ。薬草もらいにいく?」

「ううん、もう痛くないし、ちゃんと見えてるし、だいじょうぶ」私はにっこりと笑った。

「ほんと?」ヨンベも、にっこりと笑ってくれた。

 私はひさしぶりの学校で、思いきり勉強をして、思いきりキャビッチを投げた。

「きょうのポピー、別人みたいだよね」みんなびっくりしていた。

 私もすこし驚いていた。

 勉強が楽しいなんて思えるの、はじめてじゃないかな――キャビッチスロー以外では。

「ポピーの場合、ときどき休むんじゃなくて、ときどき学校に来たほうがいいんじゃないか?」男子の中にはそんなことまでいう人もいて、みんないちおう笑ったけど、それはさすがにどうなんだろう……と心の中では思っていたと思う、私もふくめて。

 でも、そんなふうに楽しいと思える一日というのはいつも、あっという間に終わってしまうようにできているんだ。

 私は、あの丸太の家に帰るのが、なんとなくいやだった。

 またあの、ばか鬼魔がいるし。

 また、ぜんぜんできもしないピトゥイの特訓をやらされるし。

 また変なこといわれて、頭にきて、いいかえしたりしたら私の方だけが怒られるし。

 放課後になってしまったとき、私は大きくため息をついたのだった。

「ポピー」ヨンベがこまったように笑う。「だいじょうぶ?」

「うーん」私はむずかしい顔をして考えこんだ。とりあえず「だいじょうぶ」じゃあない気がした。

 でもまさか、いま頭で思っている「だいじょうぶじゃない理由」は、話せないしなあ……家に鬼魔がいて、そいつたちとけんかしたら私が怒られる、なんて。

「ねえ、少しうちに寄っていかない? おばさんにツィックル便送ってさ」

「え」私はヨンベの顔を見た。

 私の親友は、いつものようににこにこしている。「またキャビッチが、少し大きくなったの見せたいしさ」

「うん」私はうなずき、笑顔になった。

 ツィックル便は、母というよりも祖母に向けて送った。「ヨンベの家に寄ってから帰るね」

「あらそう。わかったわ」祖母からの返事は、すぐとなりに立っているのかと思うほどすぐさま返ってきた。「あまり遅くならないようにね」

「はーい」そうして私はヨンベとともに、箒をならべて学校をあとにした。

「おや、いらっしゃい、ポピー」ヨンベのおじさんは、倉庫の中でなにか薬のようなものを作っていた。ティンクミントのような、すうっとするさわやかな香りがたちこめていた。

「こんにちは」私はぺこりとおじぎした。「これは、キャビッチ用の薬?」鼻からすうーっと香りを吸いこみながらきく。

「うん」おじさんはうれしそうに笑う。「葉が、固くひきしまって巻くようになる薬をね、開発中なんだよ」

「へえー」ヨンベと私は感心した。「葉が固くなると、どうなるの?」ヨンベが、私の心にも浮かんだギモンを口にする。

「まず期待できるのは」おじさんは指を一本たてた。「破壊力が強くなる」

「おお」私とヨンベは目を見開いた。

「それからふたつ目は」おじさんは指を二本たてた。「魔法効果が長持ちする」

「おお」私とヨンベは目をぱちくりさせた。

「そしてさらに」おじさんは指を三本たてた。「サイズが小さめになって、たくさん持ち運びできるようになる」

「おおー」私とヨンベは顔を見合わせた。「すごい」

「まあ、まだ開発中で、いますぐにそのすべての効果が得られるわけじゃあないんだけどね」おじさんは肩をすくめて笑った。

「いつごろできそうなの?」ヨンベは身を乗り出すようにしてきいた。

「うーん」おじさんは倉庫の天井を見あげて目をとじ「目標としては、来年の今ごろかなあ」と答えた。

「そうかあ」私とヨンベも天井を見あげた。「でも楽しみだね。がんばってね、パパ」ヨンベがおじさんをはげまし、おじさんもうれしそうに笑い、私たちはそこから畑の方へ行った。

 ヨンベのキャビッチは次々に生まれでてきている様子で、これにはおじさんもびっくりしていたという。

 私は、自分の親友がとても誇らしく思えた。

「のどかわいたね。あそこのテーブルに座ってて。何か持ってくるから」ヨンベが庭先に置かれてある木のテーブルを指さし、ヨンベの家の台所へ入っていった。

「ピトゥイの練習をしているんだって?」ヨンベを待つあいだ、おじさんが倉庫から出て来て話しかけた。「またずい分むずかしい魔法を使うことになったんだねえ」

「うん」私はうなだれた。「使えるようになる気が、まったくしないの」

「ははは、無理もないさ」おじさんは笑った。「大人でもめったに使える人はいないよ。フリージアやガーベラさんならお手のものだろうけど……そういえば、マーシュが帰って来ているんだってね」

「あ、うん」私はうなずいた。「家でロンブンとか書いてるみたい」

「そうかあ」おじさんは少し笑った。「あいさつに顔も見せないところは昔のまんまだなあ」

「あっ、ごめんなさい」私は思わず肩をすくめてあやまった。

「いやいや、それがマーシュだからぜんぜん気になんてしないよ。むしろきちんとあいさつに来られたほうが心配になってしまうさ」おじさんはそういって、はははは、と大笑いした。

「あはは」かわりに今度は私が少し苦笑した。

「そうだ、マーシュが帰って来ているんなら、また薬学関係の本を探してみてもらおうかな」おじさんは思いついたことを口をした。「彼は世界中から本を集めて来ているからね、ぼくがまったく読んだことのないものがきっと彼の書庫に眠っているはずだ」

「あ、じゃあ話しとく」私はうけおった。

「ありがとう」おじさんはにっこりと笑い「じゃあお礼に、いいものをあげよう」といって、ベストのポケットから小さなガラスの瓶をとり出した。

「なあに?」私はその中でゆらゆらと揺れる、緑色と金色を混ぜたような美しい液体を見つめた。「うわあ、きれい」ため息をつく。

「ふふふ」おじさんはほこらしげにその瓶をゆっくりと左右にかたむけた。「これはね、ツィックルの葉とシルクイザシという珍しい花の花粉、その他いろいろを合成してつくった薬だよ……といってもまあ、例によって試作段階のものなんだけどね」肩をすくめる。

『例によって』というのがなにを意味するのか、私にはあまりくわしくわからなかったが、まあたしかにヨンベのおじさんはいつもなにかを『試作』したり『実験』したりは、しているのだ。なので私はただ、うなずいた。

「これをね、キャビッチにほんのひとしずく程度、ふりかけて」そう説明しながら小瓶をわずかにかたむける。「そうしておいてから、ピトゥイをかけてみるといい」

「えっ」私は目を見ひらいた。「そうしたら、発動する?」心臓が、ばくばくと早打ちしはじめる。すごい!

「うーん」けれどおじさんはどうしてか首をかしげた。「わからない」首をふる。

「えーっ」私はがくりと肩を落とした。「じゃあ、どうなるの?」

「わからないというのは、発動するかも知れないし、または発動以外でなにかびっくりするような効果が生まれるかも知れないという意味だよ」おじさんはウインクした。「これも例によって、使う人の魔力の性質しだい、てことになるからね」

「あ」私はぱっと顔を上げ、「そうか」と納得した。

 そうだ。魔法の効果はいつもそう。絶対にこれがかなう、これだけが起きる、なんてことは、ないのだ。

「ちなみにぼくが使ったときはね」おじさんは当時のことを思い出すように指を立てて空を見あげながらいった。「キャビッチの葉っぱが一枚ずつ勝手にはがれていって、どういうわけかこう、縦一列にならびはじめて」説明しながら両手を上下にぐーんとひらく。「さいごの一枚まで上にならんで、手をはなしてもしばらくそのまま空中に浮かんでいたよ。縦ならびに」

「えええ」私はただびっくりした。「なんのために?」

「わからない」おじさんは完全な真顔になって答えた。「なにがしたかったんだろうね?」

「――」私は言葉をうしなった。

「おまたせー」そのときヨンベが、お茶のセットとプィプリプカップケーキを持ってきてくれた。「何の話してたの?」

「うん、ポピーのピトゥイに役に立つかも知れない薬をね、ちょっと使ってみてもらおうと思って」おじさんがにっこりとして答えた。

 役に、立つかも知れない……のか?

 そうは思ったけれど、私もやっぱりにっこりとしてうなずいたのだった。

 でもその薬のおかげで、丸太の家に帰るのがいやだという気持ちは消え――逆に、一刻もはやく帰って、ためしてみたい! という気持ちが強くはたらいて、私を急ぎ帰らせたのだ。

 そういう意味では、すばらしい効果をもたらしてくれる薬であることにまちがいはなかった。

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