魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 31
「どうしたの?」祖母が手をとめて、ふしぎそうにきく。
「おばあちゃん、ここだいじょうぶなのかな」私は肩ごしに振り向いてきいた。「アポピス類たち、襲ってこないかな」
「ああ」祖母は軽くうなずいた。「だいじょうぶよ。心配しなくても家がちゃんと守ってくれるわ」
「え」私は目をまるくした。「家が?」
「ええ」祖母は自信たっぷりに大きくうなずいた。「この家は、すべてツィックルの木でできているから、鬼魔が来ても追い払ってくれるわ」
「ツィックルで……へえ」天井を見上げ、見回す。「あれ、でもユエホワは?」
「彼はあなたのお友だちだから、私が排除しないように言いつけたのよ」祖母はにっこりと笑う。
「いや」私はあわてて両手をぶんぶんと振った。「全然ちがうよ」
「私がどうして町に住まないかというと」祖母は私の否定をあまり真剣に受け止めてくれなかった。「これができないからなのよ」
「え?」
「町の中に建てる家は、その二割以上はミイノモイオレンジの木を使ってつくらないといけないという法律があるの」
「そうなの?」
「そう。町を治める評議員たちが、ミイノモイオレンジ栽培協会と協定を結んで、そういう法律を作ったのよ。はるか昔にね」
「へえ……」
「だから私は森の中で、ツィックルだけを使って建てた家に一人住んでいるというわけ」
「でも、どうしてミイノモイを使った家じゃだめなの?」
「もちろん、それだけ魔法の力が小さくなるからよ」
「あ」
「ミイノモイオレンジはもちろん好きよ、お茶にしてもケーキにしても、お風呂に入れてもね」ウインクする。「ただ家の材質にだけは、申し訳ないけれどツィックル以外使うわけにはいかないわ」
「そうなんだ」私はうなずいた。
「さ、髪はこれでいいでしょう。私はあなたのドレスの仕上げをしてから寝ることにするわ」祖母はタオルを洗濯場まで魔法で飛ばし、代わりにお裁縫セットを飛んで来させた。
「うわあ」私は両手を胸の前で組み合わせてため息をついた。「きれーい」
祖母お手製のワンピースは、しなやかで、袖がふっくらとかわいくふくらんでいて、ほんとうにお姫さまが着ているようなシルエットだった。
「うふふ」祖母もうれしそうに笑う。「明日からはいよいよ、刺繍を入れていくわ」
「わあい」私は組み合わせた手を左右にゆらした。「楽しみ!」
「ハピアンフェルと最初に出会ったのはね」祖母は針をすすめながら、思い出を話しはじめた。「私がまだ魔法学校に上がる前――今よりも若い木がたくさん生えている森の中で、ほかにもたくさんの粉送りたちが飛んでいるところだったの」
「粉送り?」私は首をかしげてきいた。
「そう。森に棲んでいて、木々の花粉を運ぶ役目を負う、妖精の中でもいちばん小さな生き物――虫でもなく鬼魔でもない、私たちの目にはめったに見ることができないけれど、でも確かに存在する者たち。一種の植物につき一種の粉送りが存在しているの」
「知らなかった」私は目をまるくした。「どうして学校では教えないの?」
「そうね、それはやはり」祖母はぱちん、と糸をはさみで切ると、できたてのドレスを両手で持ち上げ、椅子からたちあがった。「粉送りをはじめ、すべての妖精たちが姿を消してしまったからでしょう」
「そうか……」私は小さくうなずいた。「みんな、忘れてしまったのかな」
「そうね」祖母も少しさびしそうに首をかしげた。「アポピス類たちのしたことは、決して許されることではないわ」
「うん」私は大きくうなずいた。
「さあポピー、ちょっと立ってみて」祖母は両手の中のドレスを、立ち上がった私の方に差し出し、あてがってみた。「うん、ちょうどいいサイズに仕上がってるわ」にっこりと笑う。
「うん」私は、できたてのドレスを見つめてうれしく思いながらも、頭の中では祖母のいう“粉送り”たちのことを考えつづけていた。「おばあちゃん」
「なあに?」祖母は優しく微笑む。
「あたし、助けたい」まっすぐに祖母を見る。「ハピアンフェルの仲間たちを……妖精たちを」
祖母は少しのあいだじっと私を見つめたあと「ええ」と深くうなずいた。「まずは、ユエホワが戻ってくるのを待ちましょう」
「ユエホワを?」私は、あえてきいた。
「そう。彼がきっとなにか、役に立つ情報を私たちに知らせに来てくれるわ」
「でも」私は少しうつむいた。「ユエホワも、鬼魔だよ?」また、あえてきく。
「だけど、アポピス類に対しては彼も物申したいところがあるでしょうし、それに」言葉をきる。
「それに?」顔をあげてきく。
「あなたのお友だちだから」祖母はウインクした。
「――」私は片手をあげて口をあけたけれど、もう「全然ちがう」というのもなんというか、あきたので黙っていた。
「ハピアンフェルはね」祖母はできあがったドレスを、ハンガーにかけながら言った。「ツィックルの木の、粉送りなの」
「ツィックルの?」私はまた目を丸くした。
「ええ」祖母は目をとじた。「私の箒は、彼女が花粉を運んで種子を実らせ、その種子から芽を出して育ったツィックルで、作ったものなの」
「すごい」私は目を大きく見ひらいた。「いいなあ」
「うれしかったわ」祖母は、部屋の片隅に立てかけてあるツィックル箒をいとおしげに見やりながら言った。「私の命がつきるまで、決して手離さないわ」
「うん」私はうなずきながら、ふとヨンベのことを思い出した。
私のキャビッチが実ったら、最初に使ってね、と言ってくれた、ヨンベの言葉を。
「さあ、明日も学校だから、もう寝ましょう」
祖母の言葉にうながされて、私は寝室へ向かい、天窓から星空をほんの少しながめたあと、ぐっすりと眠りこんだ。
◇◆◇
目ざめた朝は、ふだん自分の家で迎えるものよりもすごくしずかで、窓をあけるときりっと澄んで引きしまった空気が流れこんできて、木々と草の香りを強く感じた。
いろんな、聞いたことのない鳥の声が聞こえる。
そして、祖母がすでに用意してくれている朝食の、香ばしくて甘い香りが鼻をくすぐる。
私は大きくのびをして、部屋から出た。
そのまま庭に出て、透明なボウルにセレアの水をたくさん汲み、顔を洗う。
とっても気持ちのいい朝だ。
サラミモアコットンのタオルで顔を拭きながら、今日も真っ青に澄む空を見上げる。
「おはよ」
突然そんな声が聞こえた気がして、思わず頭を振る。
真っ青な空には、何の影も見えない。
空耳だ。
私は、ふうっと大きく息をつき、父と祖母と、小さなハピアンフェルといっしょに朝ごはんをいただいた。
ハピアンフェルのごはんは、ミイノモイオレンジの果汁と、プィプリプの実を粉にしたものだった。
私たちもミイノモイオレンジジュース、プィプリプのパン、祖母お手製のベーコンとキャビッチの柔らかい葉っぱのサラダなどいただいて、森の木々のさわさわと揺れる音に見送られながら、学校に向かった。
父は祖母とともに、ユエホワの戻りを待つようだった。
でも私はなんとなく、予想していた。
にぎやかに鳴いていた森の鳥たちが、なんだか静かになっていたからだ。
森の木々の梢の上を通り過ぎて、まもなくキューナン通りにたどりつくところで、その予想は当たった。
「妖精から何か話聞けたか?」
声のした方に目を向けると、ユエホワが緑髪をなびかせながら私の箒と並んで水平飛行していた。
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