森

魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 50

 お昼ごはんの後も、私のピトゥイはイゼンとして発動しなかった。

 もちろん、いろんなスタイル――というのかどうか――を、ためしてみた。

 唱える前に目をとじて、心をとぎすませて、一点に集中して、思いきり唱える。だめだった。

 逆に力を抜いて、キャビッチも頭上たかくさし上げるのではなく、ひじを曲げて楽にかまえて持ち、ふだんと同じトーンで唱える。だめだった。

 両手で持って。だめだった。

 指一本の上にのせて。だめだった。

 手のひらではなくて手の甲にのせて。だめだった。

 頭にのせて。だめだった。

 鼻にのせて。言いにくいうえにだめだった。

「じゃあ次はさー」ユエホワがいう。

 他の三人は、それぞれ顔をななめ下に向けて口を手でおさえ、肩をふるわせている。

「えーとそうだな、背中にのせてさ、こう、おばあさんみたいに前かがみになって、『ピトゥイ』」最後のところはわざとしわがれ声でいう。

 ぶーっ。

 他の三人ががまんできずにふきだして、げらげらと笑いだした。

 私はなにもいわず、手に持っていたキャビッチ――朝に持っていたのとおなじ、ベージュオレンジのやつだ――を、ぽん、ぽん、とかるく上に投げ上げてから予告なしに投げた。

 ユエホワはとっさに後ろ向きになったけど、私が投げたのはシルキワスではなく普通のストレートだったので、それはそのまんまユエホワのお尻にばしんと当たった。

「ぐあっ」緑髪がのけぞる。

「うわあっ」

「ひえええ」

「おおっ」他の三人も目を見開いてあとずさる。

「もうやめた」私はどなった。「コンリンザイあんたたちの呪いなんか解いてやんない」

「まあまあまあまあ」ケイマンが必死で私をなだめる。「冗談だよ、ポピー」

「さいでございますですよ、ポピーさん」サイリュウも。

「疲れてるだろうからちょっと気休めに言っただけだよ、……」ルーロも早口でなだめたけど、最後に私の名前を呼んだのかどうかは声が小さすぎてわからなかった。

 けれど私の機嫌はなおったりせず、私はほっペたを思いっきりふくらませたままもうキャビッチをリュックから取り出しもしなかった。

「わかったよ、じゃあここからはジョークもユーモアもいっさいなしの、真剣勝負で突っ走るんだな?」ユエホワが片手でお尻をさすりながら、もう片方の手で私を指さした。「こっちもいっさい妥協しねえからな、そのつもりでやれよポピー」

「ふん」私はぷいっとそっぽを向いた。「やんない」

「なんだよ」ユエホワが怒る。「ポピー」私を呼ぶ。

「ポピー」ケイマンも呼ぶ。

「ポピーさん」サイリュウも呼ぶ。

「……」ルーロも(たぶん)呼ぶ。

「もうあたしを『ポピー』とは、呼ばないで」私は四人に向きなおると同時に宣告した。

「へ?」ユエホワはすっ頓狂な声を上げたが、その赤い目は明らかに『うわ、また面倒くせえこと言い出しやがったこいつ』と語っていた。

 他の三人は目をまるくして言葉をなくしていた。

「『ポピーメリア』に、変えたの。あたしの名前」私は両手を腰にあて、大人のような態度で説明してやった。

「――」ユエホワは目の下をぴくりと動かした。「なんだ、それ」

「だから、あたしの新しい名前よ」私は上体をそり返らせ、またしても大人の態度で説明してやった。

「『メリア』って、なに?」ケイマンが質問してきた。「どういう意味?」

「意味っていうか、ながい名前にしたの」私は口を尖らせた。「ポピーじゃみじかすぎるから」

「ああ」

「さいでございますですか」

「へえ」三人はおたがいに目を見あわせながら、わかったのかどうなのか知らないけどとりあえずうなずいた。

「ふうん」ユエホワは赤い目を細めて、少しの間私を見たあと「変なの」といった。

「はあ?」私は怒った。「どこが変よ?」

「長い名前か……うーん」ユエホワは腕組みをして下をむき目を閉じた。

 私はつぎに彼がなにをいおうと、聞こえないふりをすることに決めた。

「ポピーザップ」ユエホワが顔をあげていった。「で、いいんじゃねえか?」

 私は聞こえないふりをしていた。

「ユエホワ、それはないよ」ケイマンが苦笑する。

「呪いの名前に聞こえますですよ」サイリュウも苦笑する。

「俺はすきだけどなその名前」ルーロが苦笑ではなく笑う。

「それか、ポピーダグヴィグ」ユエホワがまたいった。

 私はひきつづき聞こえないふりをしていた。

「ユエホワ、それもないよ」ケイマンが苦笑する。

「酔いどれ親父の名前に聞こえますですよ」サイリュウも苦笑する。

「毒薬みたいでいいけどなその名前」ルーロが苦笑ではなく笑う。

「じゃあいっそ、ポピーポイズン」ユエホワがまたいった。

 私は聞こえないふりをしながらそっととり出しておいたキャビッチを投げた。「うるさい」

「ぶふっ」それはみごとにユエホワのみぞおちのあたりに命中し、緑髪鬼魔は地面に膝をついた。

 三人のアポピス類はひっと息をのんで言葉をうしなった。

「おま、にい、ちゃんに」ユエホワは肩をふるわせて息も絶えだえに文句をいった。

「にいちゃんじゃ、ない」私は腰に手をあて、ばかでかわいそうなふくろう型鬼魔にゆっくりと言ってきかせた。

「けんかをしてはだめよ」

 とつぜん、ハピアンフェルの声が聞こえた。

 私たちははっとしてきょろきょろとあたりを見回したけど、どこにも粉送り妖精の姿は見えなかった。当たり前だけど。

「ハピアンフェル?」なので私は呼びかけた。「どこにいるの?」

「ここよ」ハピアンフェルの声がすぐ近くに聞こえた。

 そういわれてもまったく見えなかったので、私は両手を合わせて丸めた。

 ハピアンフェルはふわ、とその中に飛びこんできてくれて、それでやっとその小さな白い光を見ることができた。

「森の木たちが教えてくれたのよ」ハピアンフェルが私の手のなかでふわ、ふわと上下に飛びながらいった。「女の子が怒ってキャビッチを投げてるって」

「え」私は思わず肩をすくめた。

「ガーベランティも心配してたわ。だから私が止めにきたの」

「う」私はさらに肩をすくめた。

「そうだよなんとかしてくれよこの不良娘を」ユエホワが前かがみになってみぞおちに両手を当てたまま、苦しそうに顔をしかめていった。「ガーベラさんにしかってもらってくれ」

「――」私はまた思いきりほっぺたをふくらませた。だれが悪いの?

「ユエホワソイティ」ハピアンフェルがユエホワを見てそう呼んだ。「だめだよ、仲良くしなきゃ」

「やめろ」ユエホワは俯き、歯をくいしばるようにしていったけど声は微笑んでいた。「二度とその名前で呼ぶな」

「呼ぶわよ、ユエホワソイティ」ハピアンフェルは首をふりながらまたいった。「あなたがいつまでも、子どもみたいなことをしてポピーメリアを怒らせたり悲しませたりするんならね。なんならもっとながい名前で呼ぶわ」

「お前」ユエホワは赤い目をぐっと上げてハピアンフェルを睨みつけたけど顔は微笑んでいた。「ぶっ潰すぞ」

「何いってんのよ」私は片手でキャビッチを取り出した。「そんなことさせない」

「ふざけんな」ユエホワは真顔に戻り怒った声になっていった。「そんな名前で呼ばれるくらいなら、時間河の底に沈んだ方がましだ」

「どうして?」ハピアンフェルが泣きそうな声でそう叫んだからいえなかったけど、私はもう少しで『じゃあそうしてあげる』と答えるところだった。「ユエホワソイティ」ハピアンフェルは本気で哀しそうにいった。「こんなにさわやかでかっこよくて耳にここちよくてながい名前は、他にないわ」

「なんでながくなきゃいけないんだよだから」ユエホワはぎゅっと目を瞑って空に向かって叫んだけどその顔はふたたぴ微笑んでいた。

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