魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 49
「ピトゥイ」叫ぶ。
何も、起きない。
キャビッチは、手の中にある。手のひらの、上に。
それは祖母のキャビッチ畑になっていたもので、どちらかというと小さめのもの。葉の色は、うすいベージュオレンジだ。ころんとまんまるく、いかにも「野菜の子ども」といったイメージをあたえる。そしてなにより、さすがはガーベラのキャビッチというべきか、私の手のひらから伝わる魔力を、すべて、ひとしずくたりとももらさずその体のなかにすいこんでしまうのがわかる。
でも、何も、起きない。
ため込んでるのかな……?
私はそんなことを思う。
私の手から放たれる魔力の、一回分の量が少ないから――魔法を発動するのにじゅうぶんな量になるまで、貯金しているのかな? と。
もちろんそんな話をいままでだれにも聞いたことはないし、学校でも教わったことはない。
でももしそれが本当なら、なんというか、ガテンがいくんだけどなあ……
「なに考え込んでんだよ」声がかかる。「唱えてみるしかねえんだろ」
私は口をとがらせて、声の主――ムートゥー類鬼魔――の方を見た。
でも、たしかにあいつのいうとおりだ。
どんな風にとなえるか――声のトーンとか、大きさとか、体の姿勢のとり方、キャビッチをかざす位置、そういうものに基本形とか、正しい形とかはない。
人それぞれに、最高の条件がそろう(と思われる)スタイルは、ちがっているのだ。
なので魔法行使の練習のときは、いろんなスタイルを試してみるべきだとはいわれている。もしかしたら、いまよりも強い魔法が出せるかも知れないから。
でもそれって、いうはやすし、行うはがたし、というやつなんだよね。
一回身についたスタイルは、定着してなかなか変えられない。だいたいみんな、自分がいちばん楽に使える形で魔法を使うものだ。
祖母も母も、それでいいんだといってくれる。やりやすいのがベストだと。
あんまり、あれこれ思いつめないほうがいい、と。
その点では、あいつ――ユエホワのいう「唱えてみるしかない」は、当たっている。
けど。
鬼魔にいわれるのも、正直なにかしゃくにさわる。
けど……まあ、やるしかない。
「ピトゥイ」私は叫んだ。
何も、起きなかった。
そんなことを、いったい何十回くりかえしたんだろう。
日は真上をとおりすぎ、地平線に向けてすこしずつおりてきはじめていた。
私は冷たいレモネードをクロルリンクのガラス瓶からぐびぐび飲み、ふあー、と大きく空にむけて息をついた。
「キャビッチ、消えないねえ」ケイマンがつぶやくようにいう。
「まあ我々も、一年かかりましたでしたからねえ」サイリュウも、うなずきながらいう。
「『発動一年』のまんまだな」ルーロも低くみじかくすばやくつぶやく。
「けど一年でも発動するって、びっくりだよな」ユエホワが首をふる。「鬼魔なのに」
全員が、だまった。
あれ。
確かに、そうだ。
この人たち鬼魔なのに、なんでピトゥイでキャビッチが消えるんだ?
魔法が、発動できるんだ?
「まあ、鬼魔でも訓練しだいで、人間なみにキャビッチ行使に魔力が使えるってことだろうな」ケイマンが考えをのべる。
「なあ、これってさ」ユエホワが赤い目を光らせる。「王室学会で発表したら、大さわぎにならねえか?」
「確かに」ルーロがすばやくうなずく。「鬼魔界がひっくりかえるぜ」
「でも信用してもらえますですでしょうか?」サイリュウがうたがいの声をあげる。「我々のいいますことなんて」
「ははは」ケイマンが眉をしかめて笑う。「欺瞞罪で牢屋にぶちこまれるんじゃないの」
「お前らならな」ユエホワが両手を腰にあて、ふんぞりかえってせせら笑う。「この俺がひとこと申し出れば、そりゃ大発見の大ニュースだよ」
三人のアポピス類はとくに言葉もなく、にがにがしげにふきだして笑うだけだった。
「しかもそれをさ」ユエホワは金色の爪の指を立ててさらにいう。「鬼魔界をおびやかしかねない、アポピス類のつくろうとしてる新興国へのけん制に使えるって話したら、どうよ」
「ああ」三人は、はじめてそれに気づいたかのように目をぱちくりさせた。
「な?」ユエホワは急に声をひそめて、三人に手まねきし近くに寄せた。「そうしたらさ」
「うんうん」三人もすっかりユエホワの話に心をうばわれたようで、真剣な顔になり聞き入りはじめた。
「王室から予算が引きずり出せるだろ……だいたい……ぐらいと見ていい……」
「うお」
「そんなにでございますか」
「あくどいやつだな」
「ばか、……ていえばもっと取れるぜ」
私はクロルリンクのガラス瓶からレモネードをくぴくぴと飲んだ。
前にも話したけど、この瓶に入れたレモネードは、いつまでたってもずっと冷たいままなんだ。
あー、そろそろお昼ごはんか。
そう思いついた私は、鬼魔たちをそこにのこしてひとり丸太の家に戻りはじめた。
「おつかれさま。どうだった?」祖母は、ランチのメニューをテラスのテーブルにならべながら、にこにことむかえてくれた。
「ぜんぜんだめだった」私は口をとがらせながらテラスに上がった。「キャビッチ、ぴくともしないもん」
「うふふふ」祖母はなぜか、楽しそうに笑う。「なつかしいわ、そのせりふ」
「なにが?」私は、祖母の魔法によばれてキッチンからふわふわ飛んでくる料理のお皿たちを空中でつかまえ、テーブルの上に置く手伝いをしながらきいた。
「私もむかし、おなじせりふを毎日ぶつぶつ口にしていたわ」祖母はひょいと肩をすくめて答える。「ぜんぜんだめ、ってね」
「ふうん」私は、ちょっとふしぎな感じを受けながらもうなずいた。
それはそうだよね。いくら伝説の魔女っていわれても、最初っからものすごい魔法を使えてたわけじゃ、ないんだよね。
私もいつか、そんな風に「なつかしいわ」とか、いえるようになるのかな。
でもそうなるまでには、想像をゼッするほどの努力をしないと、いけないんだろうなあ……
「ピトゥイ、使えるようになるのかな、あたし」つい、ぶつぶつとこぼしてしまう。
「うふふふ」祖母はまた笑う。「それもよく、いってた」
「えー」私はとうとう、眉をしかめて笑ってしまった。「おばあちゃんも?」
「たぶん、みんなそうよ」祖母は最後の、冷たいお茶の入ったピッチャーをテーブルに置いた。「あなたのママも、いつも言ってたしね」
「へえー」私はまた笑った。じゃあ、私がいっても別に、いいのか。
「あら、そういえばみんなはどうしたの? いっしょじゃなかったの?」祖母がふいに森の方を見やってきいた。
「あ、うん」私も思い出して森を見た。「なんか、鬼魔の王様をだましてお金を出させようとかって相談してたけど」
「まあ、なにそれ」祖母は目をまん丸くしてふりむいたかと思うと「おほほほほ、おもしろい子たちねえ」と、テラスの天井を見あげて大笑いした。
その笑い声に呼ばれたかのように、鬼魔たちも遅れて帰ってきた。
私たちはテラスですずしい風に吹かれながら、ランチをいただいた。
ランチのあとは、またピトゥイの誦呪だ。何十回となく。つぎの晩ごはんまで、へとへとになるまで。
そういえば、さっき私が考えついたこと――キャビッチが、すぐに魔法を発動せず、与えられる魔力をじゅうぶんな量になるまで貯金するんじゃないかということ、あのセツを、学会とかで発表したら、どうなんだろうか。
私たちの世界には王様という存在がいないけれど、どこかからなにかのヨサンていうものが、出たりするのかな……私はサンドイッチをもぐもぐ食べながら、そんなことを思った。
が、すぐに浮かんできたのは、マーガレット校長先生の、地響きが起きたのかと思うほどの大爆笑顔と声だった。
やめとこう。コンリンザイ。
私はオレンジジュースをくぴくぴと飲みながら、目をとじた。
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