魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 41
「おばあちゃんちに寄ってくる」ヨンベやほかの友だちと別れたあと、私は箒の上から母にそういってツィックル便を送った。
帰り道のとちゅうでふと、どうやったらピトゥイを使えるようになるのか、祖母にコツのようなものを教えてもらえたら、と思いついたのだ。
「森の中は気をつけてね」母からの返信にはそう書いてあった。「おばあちゃんにも伝えておくから」
「わかった」私は返事をして、リュックの上から中に入っているキャビッチに触れ、確かめた。
私の手のひらぐらいの大きさのものが三個と、もっと小さな、手のひら半分ほどのものが一個――ヨンベにもらった、ヨンベお手製のキャビッチだ。
ほんの少しだけ、投げるのがもったいないような気持ちが、私の心のなかにはあった。とってもかわいい、生まれたての、赤ちゃんのようなキャビッチ。
だけど、もしいま鬼魔に出くわしたら、やっぱり私はなにも考えずそのキャビッチを投げるんだろうなと思う。
その方が、ヨンベもよろこんでくれるだろう。
その森の中に入る。
祖母の家はふしぎなことに、森の木々の上を飛んでいてもぜんぜん見つからない。いったん森の中、木がうっそうと生えている中に下りてみないと、どこにあるのか見えないのだ。
まるで、かんたんには見つからないよう特別な魔法がかけられているかのように。
……と私は思っているのだけども、父や母――そしてたぶん、ユエホワなんかも――は、森の上からでもじゅうぶん見つけられるという。
もしかしたら、大人には見えるけど子どもには見えないという魔法なのかも知れない……まあ、それをいうとまた
「あなたは時々、ぎょっとするようなことを言いますね」
とかってマーガレット校長先生に言われるから、心のなかだけにしまっておく。
私は口をとがらせながら、箒から下りた。
箒で飛ぶときのコツを、知っているだろうか。
箒というものは、高速で飛ぶほうが、飛びやすいのだ。かんたんに飛べる。
逆に、スローペースでゆっくり飛ぶほうが、むずかしい。バランスがすぐくずれて、ひっくりかえりそうになる。
だから学校でも、学年が上がるごとに箒の授業で飛ぶスピードはおそくなってくる。上級生になればなるほど、テストのときなんか、みんなすごくゆっくりと、しかもぶるぶるふるえながら飛ぶようになるので、皆それを「老化テスト」と呼んでいる。
ともかく、森の中に下りてしまうと木々にぶつからないようゆっくり飛ぶ必要があるわけで、私はいつも、さっさと箒から下りてしまうのだ。歩いたほうがはやく先にすすめるし。
そして下りてしまうと、母からの言いつけ通り、危険度がいっきに倍増する。
といっても、なんだか最近はモケ類とかキュオリイ類とかが攻撃してくることはめっきり減っている。
父なんかは、それは森の鬼魔たちの間で、私の顔が知れわたってきたからだと言う。あの人間に近づくとキャビッチを投げつけられるから、姿を見かけたらなにもせず逃げろ、というふれこみが鬼魔のあいだでされているのに違いない、と。
それを聞いたとき私は思わずまさかと言って笑ったんだけど、父は大まじめに「いや、じっさいそういうことはあるんだよ」と説明していた。
鬼魔分類学博士の父のいうことだから、たぶん本当なんだろう。
私はうす暗くなってきた森の道を、早足で歩いていった。
あと少し。
いつも目印にしている、古くて大きなタルパオの木が見えてきた。
と思ったそのとき。
のっそりと、そのタルパオの木のむこうから、大きな生き物が姿をあらわした。
私ははっと息をのんで、立ち止まった。
ビューリイ類だ。
四足で歩く、イノシシ型鬼魔。
地面からその頭までの高さは、二メートルぐらい。私の身長よりはるかに高い。
私の手にはとっくにキャビッチが持たれていた。学校で、ピトゥイの練習に使っていたやつだ。
すばやく頭のなかで考える。
「リューイ」叫ぶ。
キャビッチが巨大化しながら浮かび上がる。
「モーウィ、ヒュージイ」完誦する。
キャビッチは一メートルほどの大きさで止まり、私は両手でそれを抱えるように肩の上に持ってきた。
こっちに走ってくるか?
ビューリイ類は、チョトツモウシンしてくるのが特徴だ。とにかく走って攻め込んでくる。何にでも体当たりして、ものすごいパワーで破壊する。
今こいつが出て来たこのタルパオの大木でも、ビューリイ類に全力で体当たりされたらたぶん、かたむくか、へたをするとたおれるだろう。
弱点は、まっすぐにしか走れないところと、走り出したらなにかに当たるまで自分で止まることができないというところ。
動きがものすごく単純なのだ。
だからまずは落ち着くことが大事だ。
ビューリイ類が走り出した!
私は巨大化キャビッチをストレートで投げた。
最初に出くわしたときの距離が五十メートル。ビューリイ類が走り出して私のいる位置にたどりつくまでの時間がだいたい五秒から七秒ぐらい。
逆に私の投げたこの巨大化キャビッチがビューリイ類のいた位置にたどりつくまでの時間は、だいたい一秒。
あとビューリイ類の体重と、キャビッチ自体の持つ魔法力の大きさと、私の手からキャビッチに流れこんだ魔力の量と、キャビッチの飛んでいくコースと、ビューリイ類とキャビッチがぶつかるときの角度と――
とにかくビューリイ類は、もときた方向へ百メートルぐらい吹っ飛んだ。
私の手にはすでに次のキャビッチが持たれていた。
正直、私がじっさいに頭の中で考えたことは、万にひとつ、ビューリイ類がひょいっと横によけてしまった場合、その瞬間に二投めを投げなければならないということだけだった。
ぱちぱちぱちぱち、と頭の上で拍手の音がした。「おみごとー」
見上げなくてもわかった。ユエホワだ。
「いつからいたの?」私は使わずにすんだキャビッチをリュックの中にほうりこみながらきいた。
「来たときちょうどビューリイ類が走り出してた」ユエホワは、イノシシ型鬼魔が飛んでいった方向を指さして答えながら木の枝から飛び降りてきた。「ばあちゃんちに行くんだって?」
「うん」私はうなずいた。「ママにきいたの?」
「ああ」
「今日、ずっとうちにいたの?」私は歩き出しながらきいた。
「いたよ」緑髪は歩きながらうなずく。
「なにしてたの?」私は本心からふしぎに思ってきいた。「まさかお洗濯とかおそうじとか、ママの手伝いしてたの?」
「少しね」ふくろう型鬼魔はなんともないようにうなずく。「宿かしてもらったお礼に」
「まじで?」私は本心からキョウガクした。「鬼魔もそんなことするの?」
「お前、鬼魔のこと知らなさすぎだぞ」ユエホワは歩きながら眉をひそめて言った。「鬼魔の方が人間よりずっときれい好きでこまめにそうじとか洗濯とかするんだからな」
「うそだ」私は首を横にふった。「じゃあなんで鬼魔界があんなに黒味がかってくさいのよ」
「それは世界のつくりがもともとそうだからだよ。人間界の空が最初から青いのといっしょ」
「うそだ」私はまた首を横にふった。「ぜったいそうじしてないからだよ」
「それはそうと」ユエホワは話をかえた。「今日、あいつら来たか? 学校に」
「へ?」私はきょとんとした。「だれ?」
「魔法大生のやつら」ユエホワが答えた。「お前らに、ピトゥイを教えに」
「なんで知ってるの?」私はさけぶようにいった。「たしかに来たけど」
「そうか」ユエホワはうなずいた。「使えるようになったか? ピトゥイ」
「ううん」私は首を横に振った。
「えー」ユエホワは顔をしかめた。「なんで」
「むずかしいもん、あれ」私はまたさけぶようにいった。「だからこれからおばあちゃんに……って、それよりなんで知ってるの?」見えてきた祖母の家を指さし、それからユエホワを指さす。「魔法大生のこと」
「あいつら、なに教えてたんだ」緑髪鬼魔はぶつくさ文句を言う。「ちゃんと勉強してんのか、大学で」
「いや、だから」私は両手をぶんぶんふって質問しつづけた。「なんで」
「鬼魔だよ」ムートゥー類鬼魔はやっと私の質問に答えた。「あの三人。アポピス類。うわさの」
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