魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 17
祖母は次に、ユエホワの頭の少し右上あたり、私が見つけた蔓のはしっこの近くへ浮き上がり、もう一度
「ツィックル」
と指をはじいて、箒にそれを引っぱり出させた。
その後はさっきと同じく、またぐるぐるとまわりを飛びはじめる。
「これって」私のうしろにすわっているユエホワが、小さな声で言う。
「え」ふり向くと緑髪鬼魔は、すわることができて楽になったからか、顔を持ち上げてくるくるまわる祖母を見上げていた。
「マハドゥ?」けれど声はあいかわらず小さく、元気がない。
なので、飛んでいる祖母には届かないようだった。
「おばあちゃん、これマハドゥなのかって、ユエホワがいってるよ」私は大きな声で祖母に呼びかけた。
「え?」くるくる回っていた祖母はぴたりと止まり、「ああ、これね。そう、マハドゥの一種よ、だけど」と私たちを見下ろして答えた。
よく目が回らないなあ、と私は感心した。
「私自身が行使しているものではなくて、ツィックル箒が行使するマハドゥなの。ツィッカマハドゥルというものよ」
「ツィックルが?」私はびっくりしてきき返した。
「そう」祖母はうなずいた。「さっきの、蔓のはしっこを引っぱり出すのも、今こうして蔓を柄の先にくっつけているのも、ツィックルがこの蔓、この植物に対して行使するマハドゥなの。ツィックルという木は、他の植物に対してマハドゥを行使することができる、特別で唯一の木なのよ」
「ええー、そうなんだ」私は目をまん丸くし、
「へえ」うしろのユエホワも、小さな声でおどろいたように言った。
「でもね、ツィックルにそれをさせるためには箒の持ち主である私の魔力と、私と箒との間の信頼関係の強さとが重要になるの」祖母の説明はつづいた。「さいわい、私の愛しい箒は今、すごく役に立ってくれているわ。めったに使う魔法ではないけれど、私も改めて箒に感謝するばかりよ」目を細めて笑う。
「そうなんだ」私は感動をおぼえ、
「さすがだな」ユエホワも小さい声で祖母をたたえたあと「お前はどうなんだよ」とつけたす。
私は聞こえなかったふりをした。
祖母はそれからまたぐるぐる回りを再開し、ほどなくムートゥー類鬼魔の腕をしばっていた蔓もすべてはずされ、やっとのことでユエホワは自由の身になった。
ふう、とため息をつきながら、緑髪鬼魔は自分の腕をかわりばんこにさすり、調子をたしかめていた。
「よし」そしてそう言ったかと思うと彼は、すわっていた私の箒からぴょんと飛び下りた。
「あっ」私と祖母は同時に声をあげたが、ユエホワはすぐに本来もっている翼を大きく広げ、浮き上がってきた。
「まあユエホワ、なんてすばらしい姿なの」祖母はまず最初に感動し、それから「ああでも、だいじょうぶなの? 痛くはないの?」と心配した。
「だいじょうぶです」ユエホワはうなずいたかと思うと翼をばさりとはためかせ、木々の梢の方へ飛び上がっていった。「どうも、ありがと」
けれどその次の瞬間、彼はシッソクしてまた落ちてきた。
「危ない!」祖母が叫んでツィックルを動かし、ユエホワの体を受け止める。「無理はしないで。このまま箒で送るわ」
「あ……」ユエホワはばつが悪そうに肩をすくめ、翼をひっこめてヒトの腕の姿に戻した。「すみません」
私はその一部始終を見て、指さして笑ったりしないようにがんばっていた。そんなことをしたら祖母にどれだけ怒られるかと思うと、目の下をぴくぴくふるわせながら堪えることに全神経を集中するしかなかったのだ。
「なに笑いをこらえてるんだよ」けれどユエホワにはイチモクリョウゼンだったようだ。「俺はもう三日ぐらい何も食べてねえんだぞ」むすっとした顔をして小さな声で文句を言う。
「まあ」祖母が大きくなんども首を振る。「なんてこと」
「へえ」私は、さすがに少しかわいそうな気がした。
「それじゃ一刻もはやくうちへ帰って、おいしいものをたくさんごちそうしなければならないわ。戻りますよ、ポピー」そう言ったかと思うと祖母は、箒のうしろにユエホワを乗せたままぎゅんっと森の上へ向かって飛びはじめた。
「あっ、待って」私もあわてて箒の柄を上に向けた。
「ユエホワソイティ」
その時、風がささやくように、そんな声が聞こえた気がした。
「えっ?」私は思わずふり向いたけれど、次の瞬間私の箒は私の命令にしたがってぎゅんっと上昇していき、声の主の姿をたしかめることはできなかった。
けれど、もちろんすぐにわかった。
あの、見えない気配だけの人(かどうか)だ。
飛ばして飛ばして、やっとのことで祖母の箒に追いついたとき、祖母のうしろに横すわりに乗っているユエホワが、ぐあいの悪そうな顔でちらりと私を見て、小さくうなずいた。
私も、飛びながらうなずいた。
――あの声だけの人が、やったんだ……
姿も見えない、声もかすかにしか聞こえない、とても極悪人とは思えない相手とは思ったけれど、人は見かけによらないとはこういうことを言うんだ。
……まあ、見かけてもいないけれど。
◇◆◇
帰ったあと祖母は大急ぎで、もちろん魔法も総動員で、ユエホワのためにおいしい料理をたくさん用意した。
それを待つ間、私とユエホワはいつものようにテラスで温かいお茶をいただいていた。
祖母は私に手伝うようにはいわなかった。急ぐためだ。
私に指示を出すひまが惜しいというわけだ。
なので私もゆっくりのんびり、ごはんができるのを待っていた。
「姿は見たの?」そのかわりではないけれど、ユエホワに事情をきく。「あの“声”の人」
「――」ユエホワは小さく首を横にふった。「あいつの姿は、見てねえ」
「じゃあ、誰がしばったの? ユエホワのこと」
「それは」ユエホワは思い出すように視線を少しななめ下に向けた。「人間、だったと思う」
「だったと思うって?」
「なんか、頭からマントすっぽりかぶってたから、顔がよく見えなかったんだけど」ユエホワはそこまで説明してからお茶をすすった。「姿形は、人間っぽかった」
「何人?」私はきいた。
「ふたりいた」ユエホワはゆっくりとまばたきした。「大柄な、男のようだった」
「声は聞かなかったの?」
「あの小さな声は、最初の一瞬だけ聞こえた」
「最初の一瞬?」
「俺が森の木の上で本読んでたらとつぜん『つれていくね』とか言ってきた」
「――とつぜん?」私は、ちょっと恐くなった。「姿見えないまま?」
ユエホワは黙ってうなずいた。
「テイコウしなかったの?」私はきいてからお茶を飲んだ。
「できなかった」ユエホワはテーブルの上でこぶしを握りしめて、くやしそうに言った。「力が、まったく使えなくなって」
「……」私はその場面を想像しようとした。「え、マハドゥかけられたとか?」
ユエホワはだまって首を横に振った。「あれよりもっと、たちの悪い感じがした」
「たちが悪い?」私はぎゅっと眉をしかめた。「なんで?」
「マハドゥのときに使えるはずの回避方法が、きかなかったんだ」ユエホワはうつむきながら私を見た。「なんていうか、ほんとに全身から力を抜き取られるような、さ」
「うえ」私は気味が悪くなり、ついユエホワから体を遠ざけた。「なにそれ」
ユエホワは黙って首を横にふった。「お前のばあちゃんなら知ってるかな」
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