魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 11
「じゃあ、もうひとつだけ」ユエホワは、最後の質問をした。「クドゥールグ様は、最期に何と言ったんですか」
「――」祖母はまたテラスの天井裏を見上げた。「彼は『次は負けぬ』と言ったわ」
「次は?」私が訊き返した。
「ええ」祖母はうなずいた。「『おのれ小娘、次は負けぬ』と言って……そのまま、息を引き取ったの」
「――」ユエホワは、息をするのも忘れているように見えた。けれどやがて、はあ……と、ゆっくりため息をつき「まだ、戦えると思っていたんだ……」と、小さな声で言った。
「どうかしらね」祖母はユエホワをしずかに見つめていた。「もしかしたらそれは、自分の次の世代の者たちがきっと勝つ、という意味だったのかも知れないし」
「次の――」ユエホワは繰り返しかけて、驚いたように祖母を見た。「え、それって」
「うふふ」祖母は目を細めて「あ、お茶のお代わりを入れましょう」と言い席を立った。「ケーキもどうぞ召し上がって、ユエホワ」
祖母が奥のキッチンへ姿を消すと、ユエホワは私に向かって真剣な顔で「お前、明日図書館で歴史の本借りてきてくれ」と頼んだ。
「えー」私は眉をしかめてやった。「自分で行けばいいじゃん」
「俺が行って貸してくれるわけねえだろ」ユエホワも眉をしかめ返してきた。「あっ、それかお前の親父がそういうの何か持ってるんじゃねえか。借りてきてくれよ」
「それこそ自分で行けばいいじゃん」私は眉間が痛くなってきたので逆に眉をいっぱいに持ち上げて言い返した。「パパも喜ぶだろうし」
「それこそ俺が行って、無事に帰って来れるわけねえだろ。今度は俺が『次は負けぬ』って言わなきゃいけない破目になる」
「あははははは」私は思わず大笑いをしてしまい、それからはっとして口を押えた。
「まあ、楽しそうね」祖母が嬉しそうに笑いながらお茶を運んできた。「本当にあなたたち、敵同士なの?」
「ち、違うよ」私はぶんぶん首を振った。「いや、違うんじゃなくて、楽しいんじゃないよ」
「ほほほほ」祖母はなぜか、自分自身が楽しそうに笑いながら淹れたての熱いお茶をカップに注ぎ分け「そういえば今日は、あなたのドレスの試着をしてもらうつもりだったのよね、ポピー」そう言ったので、私もやっと本来の目的を思い出した。
「じゃあ、俺はこれで」ユエホワはそう言うと、祖母が入れた新しいお茶をひとくちだけすすって、それから立ち上がった。「ありがとうございました」小さく頭を下げる。
「あら、もう行くの?」祖母は残念そうに言った。
「――ごちそう、さま、でした」ユエホワはものすごくぎこちなくあいさつをした。
「ぷっ」私は思わず吹き出した。「変なの」
「うるせえ」ユエホワが赤くなって言い、
「ポピー」祖母がたしなめる言い方で言った。
私は肩をそびやかしてうつむいた。
「それじゃあ、ぜひ、またね。賢い鬼魔さん」祖母はユエホワに、優しく呼びかけた。
「ども」緑髪の性悪鬼魔は恥ずかしそうにもういちどぺこりと頭を下げた。
「私があなたを賢いと思う理由のひとつはね、ユエホワ」祖母は目を細めて微笑みながら言った。「年寄りを、敬い尊ぶところよ」
「え」ユエホワはぽかんとして赤い目を丸くしながら自分を指さした。「俺が?」
「えーっ」私も思わずギモンの声をあげた。「そうかなあ」
「俺は、別に」ユエホワはちらりと私を横目で見ながら肩をすくめた。「そもそもあんまり人と話さないし」
「うふふ」祖母は楽しそうに笑った。「距離をおく、という形の敬い方も、あるのよ」
「距離を?」私はきき返した。
ユエホワは黙っていたけど目を空の方に向けて考えていた。
「ごぞんじのとおり年をとるとね、視野が広くなる……つまりたくさんのことがいちどきに見えるようになるわ」祖母は自分の両目の横に両手のひとさしゆびをくっつけて、ななめ前にむけてすうっと線をえがいた。「でもそれと比例して、若いころにくらべて細かいところ、小さなものごとが、見えなくなる……もしくは、見て見ぬふりをするようになる」
「どうして?」私はきいた。
「面倒くさいからよ」祖母はひょいっと肩をすくめた。
「ぷっ」ユエホワが横をむいてふき出した。
「うふふ」祖母もまた笑った。「たくさんのことが見えるということはつまり、いちどきにたくさんのことを考えなければならないということ。だから、さしむき必要のないことはすばやく切り捨ててしまわないと、頭の回路が切れてしまうわ。けれど若い人の多くは、そうやって細かいところをやり過ごす年寄りのことを、なにも気づかない、なにもわかっていない存在だときめつけてしまって、ともするとその年寄りを自分の思い通りに動かそうとしてしまう……まるでマハドゥの行使のようにね」
「う」
「え」
私とユエホワは思わず目を見交わし合った。
「そんなことされるよりは、敬意をもって距離を置かれたほうがずっと幸せだわ」祖母は目を糸のように細めた。「それができるユエホワ、あなたは本当に賢くて、素晴らしいわ」
「あ……」ユエホワは祖母を見て、照れくさいのかすぐに視線を下に落とした。
「笑顔もかわいいし」祖母はさらにそう言い、ますます愛しげに緑髪鬼魔を見つめた。
「――」ユエホワはとうとう言葉を失い、目に負けないぐらいほっぺたも赤くしてうつむいていた。
ええええー!
私は心の中だけでギモンの叫び声をあげていた。
◇◆◇
「歴史の本?」父は私の問いかけに大きな声で返事した。「ああ、あるとも! たくさんあるぞ! どれがいいかなあ」キッチンの天井を見上げて考える。
「まあ、珍しいわね」母が、夕食のメインディッシュをお皿に盛り分けながら目を丸くした。「ポピーが本だなんて」
「えへへ」私は思わず笑ってごまかした。「ヨンベがね、なんか肥料のこととかいいこと書いてないかなって」
「肥料? 歴史上の?」母が手を止めてまできき返してきたので、私はかなりあせった。
たしかに、肥料のことなら歴史じゃなくて農業関係の本、だよね。
けど父は、
「いやいや、ヨンベの視点はなかなかいいぞ。つまりはキャビッチ育成技術史について、知りたいっていうんだろ」
と、ますます目を輝かせたのだ。
「あ、そうそう」私はもちろん、それにビンジョウした。
「へえー」母は作業を続けながら、まだ驚きつづけていた。「すごいわねえ。そんなに熱心に調べるなんて」
「ママは昔もよくパパにそう言ってくれていたんだよ」父は私に向かって笑った。「じゃあ食事のあとで、地下の書斎におりよう。何冊かみつくろってあげるよ」
「うん!」私はほっとした。
地下の書斎なら、まず母は降りてこない――ちょっと寒いし、母もあんまり本とか興味ない人だし――私は残念ながら、母のその部分を中心に引き継いだようだ――とにかく父に、本当の本の借り手を明かせそうだ。
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