魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 39
「おは、おはよーう、ヨンベ」私はすぐにふり向いて笑顔でこたえた。「いや、きのう読んでた本がむずかしくってさ、あれこれ考えてたの」
「本? わあ、なんの本?」ヨンベは目をかがやかせた。
「えっとね、妖精についての本」
「うわあ、えらいねポピー」ヨンベは心から私のことをほめてくれた。
――うそっぱちを、言ってしまった。
私は心臓のあたりに針のようなものがちくりとささるのを感じた。
でも、本読んだのはほんとうだし、むずかしいのもほんとうだし……うう、ごめんなさい! 私はもうすこしで頭を両手でかかえて、ますますお芝居のお稽古をしているように見られるところだった。
「あたしもねえ、見て」ヨンベはそう言いながら、肩にかけたかばんの中から小さめのキャビッチをとり出した。三個。「これ、持ってきたの」
「えっ」私は目を見ひらいた。「これ、ヨンベが育てたキャビッチ?」
「えへへ」ヨンベは肩をすくめて苦笑した。「これだけが、そう」三個のなかの、いちばん小さい、うす紅色のものを持ち上げる。「あとのは、パパの畑からもらってきた」
「うわあ、でもすごーい!」私は心から笑顔になった。「育つの、早かったねえ」
「うん。パパもびっくりしてたよ」ヨンベは頬を少し赤くした。「学校の行き帰りになにがあるかわからないから、持っていきなさいって」
「うん、そうだね」私は大きくうなずいた。私自身も母にそういわれて、母のキャビッチをおなじく三個、かばんの中に入れてある。「うわあ、ヨンベのキャビッチって、どんなだろう。強いんだろうなあ!」
そう、キャビッチという魔法の野菜は、それを育てる人の魔力だけでなく性格によっても、野菜そのものの力の強さや性質、特質が、ちがってくるのだ。
ヨンベは、すごくていねいに、いっしょうけんめい考えながら育てたので、きっとこのうす紅色のかわいいキャビッチには、相当な魔力がそなわっていることだろう。
もしかしたら、私が今までまったく見たことのないような、特別な力を発揮するのかも知れない。
「あのさ、ポピー」ヨンベの声が、頭の真上から聞こえてきた。
「え?」私は、どうしてそんなところから聞こえるんだろうと思いながら顔を上げた。
ヨンベのあごと鼻と目が、ものすごく近くにいた。
なんと私は、ヨンベの手のキャビッチに、箒に乗ったままずいっと首をのばして顔を近づけて、くいいるように見入っていたのだ。
「あっ、ごめん! ごめんねヨンベ!」私はあわてて身をとおざけた。
「ううん、だいじょうぶだよ」ヨンベは首をふり、それからそのキャビッチを持つ腕を私の方にのばした。「これさ、ポピーが使って」
「えっ」私は目を最大級に見ひらいた。「あたしが?」
「うん、だって約束したでしょ」ヨンベはますます頬を赤くしながら笑う。「最初にポピーに投げてもらうって」
「あ、うん」もちろん、覚えている。「でもほんとうに、いいの?」
「もちろん!」ヨンベは、箒がゆらぐぐらい大きくうなずいた。「あんまりキャビッチの力は強くないかもしれないけど、思いっきり投げていいよ」
「ありがとう」私は両手を出して、キャビッチを受け取った。「強くないわけないよ。あたしもっと練習して、最高の技で投げるね」
「うん」
「あっ、じゃあ、これと交換」私はリュックから、母のキャビッチを一個とり出してヨンベに渡した。「うちのママのだけど」
「うわあ、いいの? ポピーのおばさんのキャビッチ?」ヨンベは目をまるくしながら受け取った。
「うん」
私たちはふたりとも、とっても幸せな気持ちにつつまれながら学校に着いたのだった。
幸せな気持ちは、校庭で待ちかまえていたマーガレット校長先生の
「今日は皆さんにピトゥイを覚えてもらいます。今日中です」
という雄たけびを聞くまで、続いた。
「えーっ」
「なに?」
「ピトゥイ?」
「なにそれ?」
「おれ聞いたことある。たしかね、あれだよ」
「なによ」
「あの、あれ」
「はやくいえよ」
「ほんとは知らないんじゃないの」
「いや知ってる知ってる、えーとね」
「ピトゥイは千年以上前から伝わる魔法で、もともとは自分にかけられた呪いをとりのぞくための浄化魔法です」皆のざわめきを、マーガレット校長先生の咆哮がさえぎった。「とっても高度な魔法なので、本来ならば魔法大学に入るまで学ぶことはありません」
えーっ、と盛大なおどろきの声が校庭をセッケンした。もちろん私も、盛大におどろいた一人だ。そんな、格式の高い伝統ある魔法に対して「洗濯魔法」と言っていた父の言葉が、とっても軽々しくて失礼なもののように思えてならなかった。
「そして今日は特別に、魔法大学の学生の皆さんが、特別にピトゥイを教えてくださるためわが校へやって来てくれました」
おおー、とふたたび盛大な感動の声があがった。もちろん私も、盛大に感動した一人だ。
「では皆さん、こちらへどうぞ」マーガレット校長先生の声のボリュームが三倍ほど大きくなり、皆は目をぎゅっとつむって肩をそびやかした。
「おはようございます」
「おはよう、ございますです」
「ども」
三人の、魔法大生の人たちが校舎から出てきた。
なぜか三人とも、背をまるめるようにして、肩をすくめるようにして、うつむきがちで、声にもあまり元気がなかった。まあ、マーガレット校長先生の声の後で聞いたから、そう聞こえたのかも知れないけれど。
「ではまず、お一人ずつ自己紹介をお願いします」マーガレット校長先生の言葉にうながされて(というかおどかされているように見えた)、三人の人たちはおたがいに顔を見合わせ、少しのあいだ自分と他の人たちを交互に指さし合って、それからやっと私たちの方を向いて話しはじめた。
「えーと、ぼくはケイマンといいます」マーガレット校長先生にいちばん近いところに立つ人が最初に言った。「大学では、魔法世界史を専攻しています。ピトゥイはむずかしい魔法ですが、いっしょにがんばりましょう」
一瞬空白の間があいて、最初にマーガレット校長先生がばんばんばんと拍手しはじめ、皆もそれにつづいた。
「あ、わたくしサイリュウと申します」つぎに、三人のうちまんなかに立つ人が言った。「本来は投げ技専門なのでございますが、ピトゥイも、まあまあ使えるところでございますんで、よろしくお願いいたしますです」
また拍手。
「ルーロっす」さいごの人はいちばん声が小さく、皆思わず首を前につき出すようにしてその言葉に耳をかたむけた。「逆に呪いの方やってるんで」そう言ってその人は、ひひひ、と声もなく笑った。
皆は、首を前につき出したまま目をきょろきょろさせ黙っていた。
「まあ、逆にどういう風に攻めたらいいかは、けっこう熟知してるんで、……」最後の方はなんと言ったのか、とうとう誰にも聞きとれなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?