クラシカルDJが選ぶ「今!聴いてほしいクラシック」vol.2
「クラシックに興味はあるけど、なにから聴いたらいいかわからない…」
という悩みの声をたくさん聞いてきた。たしかに曲名は分かりにくいし、作曲家で検索しても膨大な数のアルバムが表示されてますます尻込みしてしまう。「だったら作曲家や曲ではなくて現役の演奏家=アーティストを知ってもらおう!」と考え、いまを生きるクラシックのアーティストだけをレコメンドしていくマガジンを始めた。
1年ぶりにようやく2本目の更新です。(フォローしてくださった皆さんお待たせしました、すみません!)
音楽大国アイスランドからクラシック界に送り込まれた刺客
アイスランドといえば壮大な自然を思い浮かべる人が多いだろう。無限に連なる山脈、ケタ違いに豪快な滝、どこまでも拓けた荒野など、そのファンタジックな景色は数々の名作と呼ばれる映画をも彩ってきた。それと同時にアイスランドはビョーク、シガー・ロス、アウスゲイル、ヨハン・ヨハンソンなど世界的アーティストを多数輩出する音楽大国でもある。その地から生まれる音楽は芸術的側面が強く、常に世界を驚かせ続けている。(ここ最近だと映画「ジョーカー」の音楽を担当しアカデミーとグラミーを受賞したヒドゥル・グドナドッティルもまさにその一人。)そしてついにクラシックのジャンルでも「まさにアイスランド!」というアーティストが現れた。それが今回レコメンドするピアニスト、ヴィキングル・オラフソンだ。
ヴィキングル・オラフソン
クラシック界がこの若手ピアニストに大注目している。型破りの演奏解釈、超斬新なセットリスト、そしてその未来を感じさせるピアノサウンドが売りのニューホープ。
そんなオラフソンは1984年アイスランド生まれ。NYの名門ジュリアード音楽院で学び2019年の英グラモフォン賞で最優秀アーティスト賞に選ばれた。(クラシックの場合グラミー賞はアメリカのアーティストや音源ばかりに偏っているため、この英グラモフォン賞の方が評価が高かったりする。)
サウンドがやばい
いま僕らが耳にするピアノのサウンドはもう100年以上前から存在する、普遍的なサウンドだ。でも彼のピアノの音はおかしい。なんかやばい。ピアノってこんなにも最先端な楽器だっけ?と、聴いてそのサウンドの「新しさ」にとにかく驚く。ピアノは大まかに言えば誰が弾いても同じサウンドが鳴るものだけれど、彼の音ほど未来を感じさせてくれるものには出会ったことがない。そんなサウンドでバッハなんか弾かれると今まで見えなかった細部が見えてくるというか、バッハ(4Kリマスター)みたいな味わったことのない感動がある。
バッハに新しい翼を授けたピアニスト
バッハのピアノといえば、鬼才グレン・グールドが有名だ。彼の名を知る人は多いかもしれない。かのスティーブ・ジョブスが愛したとも知られるグレングールドが弾くバッハの「ゴルトベルク変奏曲」。その存在はとても大きく、クラシック界の中でも「バッハといえばグールド」のイメージはかなり強い。僕自身もグールドのそれがスタンダードで決定版だと信じきっていた。このヴィキングル・オラフソンのバッハを聴くまでは。
リサイタルがやばい
2018年の秋にオラフソンはバッハの作品を収録したアルバムをリリース、来日ツアーもあった。その来日リサイタルを観に行って初めて彼のピアノを聴いたわけだけれど、前述の独特のサウンドにはもちろん魅了されつつも更に驚き興奮したのがリサイタルのセットリストの組み方。
大抵クラシックの楽曲はいくつかの小さな楽曲がまとまって一つの作品となっている。☆☆組曲の第◎曲や、ソナタ◇番の第●楽章みたいな「いかにもクラシック!」な書かれ方を目にしたことのある人も多いかもしれない。そしてライブでアーティストはその☆☆組曲を演奏するときは必ず第1曲からその組曲の中の最後の曲までを順番に演奏する。それぞれの曲間では空白が生まれ、高齢のオーディエンスによる咳払いタイムがコンサートホールを支配する。
ところがオラフソンのリサイタルは一味違う。彼は☆☆組曲の第3曲を突然演奏したと思ったら、今度は別のソナタ◇番の第2楽章をいきなり演奏したりする。それも間髪入れずにノンストップで。まるでポップスのアーティストが自身の作品群を再構築してライブ独自のセットリストを組むかのようにオラフソンは自由に様々な曲を駆け巡る。そしてその彼の演奏するセットリストのクオリティの高さがやばい。
曲の切れ目がまるで分からない。その繋ぎの自然さは、まるで自分が生業としているクラシカルDJを生のピアノライブで聴いているような感覚。そんなところにも物凄くシンパシーを感じて一気にこのヴィキングル・オラフソンというピアニストにのめり込んだ。
アルバムがやばい
オラフソンはいま現在、純クラシックとしては3枚のアルバムをリリースしている。1枚目がコンテンポラリーの作曲家:フィリップ・グラス、2枚目はバッハ、そして3枚目のラモー&ドビュッシーのアルバムがつい先日の3月27日にリリースされた。ここで特筆したいのはその3枚目の新譜「Debussy-Rameau」について。
ラモーとドビュッシーはどちらもフランスの作曲家。ラモーが活躍したのは1700年代の前半、バッハとちょうど同じ時代。そしてドビュッシーが活躍したのは1800年代終わりから1900年代前半。生きた時代もまるで違う2人の作曲家だけれど、どちらもフランスの音楽シーンを築き上げた超重要作曲家。ドビュッシーはラモーをとても尊敬していて「ラモーを讃えて」というピアノ曲まで作っている。
オラフソンのアルバムでは、そんな生きた時代の違う二人の音楽家が同じ世界線で共存、共演してしまう。ラモーを聴いていた筈が知らぬ間にドビュッシーになり、またラモーに戻り。。。スタイルも表現もまるで違う曲なのにオラフソンの独特のピアノサウンドで表現されるため、二人の作曲家の時代の差をまるで感じさせない。とにかく聴いていて最高に気持ちがいい。
クロスオーバーもやばい
彼のアルバムは純クラシックでは3枚と上述した。そう、純クラシック以外の作品があるのだ。2枚目のバッハアルバムのリリース直後に発表した「Bach Reworks」というEPを2枚。これはいわば彼のバッハアルバムのリミックス版で、様々なジャンルの現代のアーティストによってバッハをリコンポーズ、リミックスされた作品群となっている。曲によってはシンセベースがバキバキと音を立てて広がったり、エレクトロニカのサウンドエフェクトが近未来な世界観を構築していたり、本当に誰も聴いたことのない新しいバッハの世界が広がっている。そのEPで共演するアーティストの中には坂本龍一氏や、上述のジョーカーの音楽を製作したヒドゥルもいる。
こういった時代やジャンルを超越したスタイルで活動しながらも、正統派としての評価もめちゃくちゃ高いという存在はクラシック界では稀有で、まさに新時代を切り拓くピアニストとしてこれからヴィキングル・オラフソンの評価と知名度はクラシック界を越えて広がっていくだろうと確信している。
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【ヴィキングル・オラフソン公式ウェブサイト】 / 【水野蒼生 公式ウェブサイト】
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