あの日、確かにラ・チッタデッラはあの子の王国で、チネチッタはあの子のお城だった。

 2021年3月7日。
 バーチャルYoutuber・名取さなちゃん初の単独イベント「さなのばくたん。-ていねいなお誕生日会- Powered by mouse」が開催された。
そうただの文章にしてしまうと、なんだかとても味気なく、少し勿体ない気がしてしまう。
もっとより相応わしい、輝かしい表現があるのではと考えてしまう。

 何故なら、私たちはその日が来ることを何よりも待ち焦がれていたはずから。
 苦い思い出とともに、1年もの間、ずっと待ち続けてきたはずから。

(注 本記事はさなのばくたん。-ていねいなお誕生日会- Powered by mouseのネタバレを含みます。)


1年前の話

「ひかりのうみにて、きみをまつ」という小説本を作ったのは、2020年1月初旬から2月末にかけてのことだ。
 バーチャルYoutuber・名取さなちゃんの初単独イベント「さなのばくたん。 -バースデイ・サナトリウム- Powered by mouse」へ向けた、あの子への誕生日プレゼントだった。別に頒布なんてする気もなく、ただただプレゼントボックスにファンレターとともに忍ばせるためだけに作った本だった。
冷静に考えてみると、誕生日プレゼントとして小説本を作り始めるの、正気か……? って感じなんだけれども、当時の私は至って真面目で、自分にはこれしかできないからと原稿を書き、友人に拙い表紙ラフを投げ、校正をし、入稿データを作り……と正味2ヵ月という強行軍でなんとか完成させた。
 内容としては、まあなんのことはない、「少し冴えない女の子が、彼女の推しの誕生日イベントに参加する」という、言ってしまえばヤマもオチもないような短編だったが、少し変わった印刷会社(レトロ印刷JAMといいます。お気に入りの印刷会社です)に製作をお願いし、「ものとして可愛い本」を作ることができたと思う。
(もし万が一にでも気になった場合は、以下記事をどうぞ。なんだったら全文も公開していますが、校正がてらに読ませた友人からの感想は「……地獄か?」だったと思います。)


 本の形になったそれが私のもとへ届いたのは3月3日。
 イベント当日の4日前で、そして中止発表の2日前のことだった。


 中止の理由は「新型感染症の情勢を鑑みた、会場側の意向」だ。
 振り返ってみれば、当時というのは本当に微妙な時期だった。
「外国で流行っている肺炎」程度に思っていたものが「自分たちがかかるかもしれない感染症」へと変わり、私たちの生活もまた大きく変わっていった時期だった。
 何が起こるか分からなくて、その対処も確立されていない、安易な行動が許されない時期だった。
 だから、中止判断は決して間違いではなかったと思う。仕方のないもので、誰が悪いということもなかった。強いて言うならただ、運が悪かったのだ。
 もし、これが前年の同時期だったら。
 もし、感染症の拡大が数ヶ月遅かったら。
 もし、何かが違ったなら。

 実際、中止発表に対して、驚きらしい驚きはなかったように思う。むしろ、必死に目をそむけていた現実を、ただただ突き付けられたかのような、そういう絶望だった。

 中止発表を受けたせんせえ(名取さなちゃんのファンの総称)がたは皆、歯を食いしばり、悲しみや悔しさをできる限り見せまいとしていた。
 悲しくないはずがない。悔しくないはずがない。本当は泣きたいし、悪態だってつきたいし、できることなら無茶苦茶に八つ当たりだってしたい。けれど、自分たちですらこうなのだから、きっとさなちゃん本人や製作に関わっていた人々はもっと悲しいに違いない。もっと悔しいに違いない。想像ができないくらいに、辛いに違いない。
 だったら、自分たちがするべきことはこれしかないとでもいうかのように。
 当時のイベントアカウントの中止発表ツイートや、彼女の悔しさあふれるツイートに対するせんせえがたのリプライを見てほしい。
 残念だけど、次の機会があるよ。ギリギリまで検討してくれてありがとう。たくさんがんばってくれてありがとう。その分誕生日は盛大に祝おうね。
 とにかく、そんな言葉で溢れている。


 それからのことを今更詳しく書く必要はないかもしれない。
 絞り出すように書かれたFANBOXの記事と、そっと立つ誕生日配信枠。
 迎えた誕生日当日、準備期間二日とは思えないほどに盛大に行われた「ばくさん。」配信。
 逆境の中でこそ一際に輝く「名取さな」が確かにそこにいて、私たちはそれを目撃した。

 世界で最も「さなのばくたん。」をやりたかっただろう彼女が、へこたれずに顔を上げ、毅然と前を向く姿に、どれだけの人が力をもらったことだろう。
 その力を胸に、私たちはなんとか日常に戻っていったように思う。
約一週間後の二周年記念雑談配信の時にはもういつも通りのさなちゃんねるが戻ってきていたし、以降の彼女の活動はむしろ悔しさをバネにするようにその勢いを増していった。

 けれども、やっぱり、だれもがこう思っていたはずだ。こう願っていたはずだ。

 ああ、「さなのばくたん。」がやりたかった。
 あの子のためだけの会場で、お誕生日を祝ってあげたかった。
 ピンク色の光の海に立つ、あの子の姿が見たかった。

 来年こそは、絶対に。

帰ってきた「ばくたん。」

 時は流れて、2020年12月26日。
 その日の配信で行われた重大発表、その内容を全く予想出来なかったというせんせえはあまり居ないだろうと思う。きっと、こうであってほしいと願っているせんせえがほとんどだったかもしれない。

 発表されたのはもちろん、さなのばくたん。2021「さなのばくたん。-ていねいなお誕生日会- Powered by mouse」だった。
 前回のそれを昇華させた新しいメインビジュアル、彼女の作りたかったものばかりだという新グッズ、かの有名なやしきん氏の手がける新曲「エッビーナースデイ」を携えて、華麗に帰ってきた「ばくたん。」はせんせえたちの大きな期待に応えるに足るものだっただろう。

 生活も大きく変わり、誰もがいろんな楽しみを我慢しなくてはならず、しかし相変わらず先行きも見えない2020年。
 けれども「ばくたん。」は帰ってきた。
 それだけで本当に嬉しかった。
「ばくたん。」が悲しみや悔しさの象徴ではなくこれから来る楽しみに変わったことが嬉しかった。
 手帳に随分前から書いていた3月7日の予定が、本当のことになったのが嬉しかった。
 感極まって涙したせんせえも本当に多かっただろう。私もそうだった。


 けれど、この時点で、ここから始まる夢のような日々を想像し得たせんせえがいただろうか?
 彼女が「さなのばくたん。」にかける思いや頑張りを、あまりに、あまりに大きなそれらを、想像し得たせんせえがいただろうか?
 きっと、私たちはどうしようもなく「名取さな」を見くびっていた。

せんせえがたをさなちゃんねる王国へと誘う「さな歩き」

 まず、イベント先んじて公開された動画「名取さなに会いたいですか?」とそれに連なる短編動画群からなる映像作品「さな歩き」。


 イベント会場チネチッタのある商業施設ラ・チッタデッラを散歩する制服姿の名取さなという、本来触れ合うことのない私たちの世界と彼女の世界とを繋ないだその映像は、公開とともに私たちの心を奪っていった。
 私たちと同じ世界に、彼女が「居る」。
 バーチャルYoutuberのファンならば、そして、アニメや漫画といった文化に慣れ親しんできた人ならば、その素敵さを存分に理解できるだろう。

 ラ・チッタデッラはイタリアのヒルタウンをモチーフとして作られていて、日本とは思えない雰囲気を持つ街だ。
 その可愛らしい街並みは、そう、言葉をそのまま借りるなら、「小さな国みたいな感じ」なのである。

 その小さな国を、多くのせんせえが訪れた。
 彼女が歩いた道を同じように歩き。
 彼女が見た景色を同じように見て。
 作品の中で見た光景と、目の前に広がる光景とがぴったりと重なりあった瞬間のときめき。
 きっと、本当にさなちゃんねる王国に来たかのような心地がしたはずだ。

 短編動画群は「名取さなに会いたいですか?」の公開後、週に2度(イベント直前は毎日)のペースで投稿され、「ばくたん。」を心待ちににするせんせえがたの大きな楽しみとなった。
 そして、「ばくたん。」が終わった後もペースを落として投稿が続けられており、今もなお、せんせえがたをさなちゃんねる王国へと誘っている。

きっと誰も予想し得なかった「さなのばくたん。CAFE in ELOISE’s Cafe」

 2021年2月19日。
「ばくたん。」当日までもう3週間を切っていた。
 日々投稿されるさな歩き動画を楽しみ、ラジオ番組「VTuber music DJ’s」での「エッビーナースデイ」の初お披露目で盛り上がり、改めて投稿されたイベントティザームービーでさなちゃんねる王の勅令を受け取ったせんせえがたのテンションは既に最高潮と言ってよかった。
 そんな中、当の王は言う
「デカ新情報があります!」
 さて次はなんだろう。そろそろイベントの企画発表とか? 何やってくれるんだろうな、楽しみだな。
 わくわくするせんせえがたに届けられたそのデカ新情報には、とっても可愛らしいおしゃれなロゴとともにこう記されていた。


「名取さな監修のコラボカフェが登場。」


 は?

 コラボカフェ?
 イベント合わせ?
 ラ・チッタデッラ内のお洒落なカフェで?
 コラボドリンクメニューとフードメニューが5種ずつ?

 え?
 いや、新情報がデカすぎない……?


 名取さなは、本当に頑張っている。
 イベント制作はもちろんのこと、新グッズも作り、新曲も歌って、「さな歩き」だなんて素敵な映像作品を作って。
 きっと十分過ぎるほどに頑張っている。

 なのに、その上、コラボカフェまでやる?

 この王は……一体どれだけの頑張りを……?

 そう、ただただ唖然としたせんせえが、きっと私以外にもいるはずだ。

 事実、「さなのばくたん。カフェ」のクオリティは凄まじかった。
 完全新規のカフェ名取ビジュアルや特典コースターのSDイラスト。
 可愛くて、美味しそうで、そして何より「名取さな」感のあるメニュー。
 それが楽しめる店内もまた、彼女の要素が至る所に溢れる、まさしく「名取さなのコラボカフェ」なのだ。
 お洒落なうさちゃんせんせえロゴの暖簾に始まり、せんせえを出迎える複数の等身大パネルや額縁に入れて飾られる公式ヌォンタートの数々、展示されたフィギュアや、コラボカフェ用に作られたメニュー紹介動画——

 まだ行けていないせんせえが居たならば、ぜひ期間内(2021年3月28日まで)に訪れてみてほしい。
 あの素敵な空間を、「名取さなのコラボカフェ」を、肌で感じてほしい。


一息つく暇すら与えない「さなのばくたん。ローソンプリントコラボ」

 2021年2月20日。
 衝撃のコラボカフェ発表から早1日。
 ただでさえテンションが最高潮だったところに、更なるデカ新情報をかまされたせんせえがたは、もはや夢見心地でふらふらだった。
 けれど、もちろん、王が容赦などしてくれるわけもない。
 デカ喜び速報として発表されたのは誰でも知っているだろうコンビニエンスストア、ローソンとのコラボ「さなのばくたん。ローソンプリントコラボ」、そしてまさかのローソン店内放送であった。

 さな歩きから抜粋されたそのローソンプリントブロマイドはまさに「写真」であるかのような質感を持つ素敵なアイテムだ。お洒落な額縁に入れて飾るせんせえも多く、前述のコラボカフェにおいても同じような形で店内に飾られている。
 自らの足でラ・チッタデッラを歩いたせんせえであれば、その「写真」たちはなんだか思い出の一欠片のようであり、ブロマイド以上の何かをそこに感じられるかもしれない。
 そして、店内放送で聞く推しの声はなんだか不思議と格好良く、それが全国のローソンで流れていることを思えば「うちの推しって、めちゃくちゃすごくないか……?」と人知れず誇らしくなったものだった。


せんせえの夢のひとつ「名取さなミュージックコレクション」と「タワーレコード川崎コラボ」

 2021年2月23日。
 あまりに嬉し過ぎる連日のデカ新情報にせんせえがたはもう夢見心地どころか最早息も絶え絶えであったけれど、王の勢いは止まることを知らない。
 むしろ、ここまできてさらにとんでもないものを持ってくるのが王なのだ。

 昨年の12月に行われたさなちゃんねるサムネイル選手権の結果発表とデカデカ新情報と題してその日の配信は行われた。
 元々さなちゃんねるサムネイル選手権は上位8種類がグッズ化という触れ込みであったため、その「デカデカ新情報」が、きっと新しいグッズ関連であることは比較的簡単に想像がついたと思う。
 しかし、この期に及んで一体どれほどのものが「デカデカ」に値するというのか。
 そう思ったせんせえもいたのではなかろうか。あるいは、もしかしたら、その答えがちらりと頭に過ったせんせえも、いたかもしれない。

「デカデカ新情報」——さなのばくたん。第2弾グッズとして発表されたのは、せんせえがたの投票で決まった「さなちゃんねるサムネイル選手権 王者缶スタンド」、昨年の王の姿のものと合わせられる「制服名取さなさんアクリルフィギュア」、そして。

 名取さな初のミニアルバム「名取さなミュージックコレクション」だった。


 それは、せんせえの夢のひとつだ。
 初のオリジナル楽曲「さなのおうた。」が公開されてから、もしくは、歌ってみた動画「惑星ループ」が公開されてからというもの、せんせえの誰もが一度は「名取さなのアルバム」を夢見たことがあるのではないだろうか。時に冗談まじりに、時に本気で、「名取のアルバムが出たら」なんて想像を語ったことがあるのではないだろうか。
 それが、突如として目の前に現れたのだ。

 これまでの「名取さなの歩み」が詰まったジャケット。
 クラフト紙を模したお洒落で可愛らしいデザインのスリーブケース。
 王冠のロゴがあしらわれた、金色に輝くディスク。

 そして極め付けはその収録内容だ。
「さなのおうた。」、「PINK,ALL,PINK!」、「エッビーナースデイ」に続く、タイトルの隠されたTRACK4の存在である。
 つまり、それは、さらなる新曲が存在し、「ばくたん。」において披露されるということに他ならない。

 ちょっと待ってくれ、こちとらまだエッビーナースデイだってワンコーラスしか聞いてないんだぞ……。

 あまりにデカデカな新情報にもはや震えるしかないせんせえがたに、王は更なる新情報を発表する。

「タワーレコード川崎店コラボ」


 ミニアルバムの限定販売、宇木淳也さん描き下ろしのパネルとポスター、おすすめCDコーナー。
 ミニアルバムを引っ提げて、かのタワーレコードとコラボする名取さな、もしかして、アーティスト……?

 最早、何が何だかわからない。

込められた想い

 せんせえがたを驚かせ続けたこれら数多くの企画やコラボ、そして「ばくたん。」本イベントには、共通する一つの想いが込められている。

「当日に会場に来れなくても、楽しめるように」

 件の感染症は、未だ予断を許さない。
 その影響下においてイベントを行うためには、出来得る限りの対策を講じねばならず、どうしても不自由やその憂き目にあってしまうものがある。
 席数の制限で現地チケットを手に入れることができなかったせんせえや、そもそも情勢を鑑みて泣く泣く参加を諦めたせんせえもいたことだろう。
 そういったせんせえがたにも、楽しんでもらえるように。

 現地チケットがなくても配信があり、配信ならではの演出や、配信でも参加して楽しめる企画がある。
 後日にでもラ・チッタデッラを訪れれば、コラボカフェやタワーレコードコラボがあり、散策すれば、同じ場所を歩くことができる。
 ラ・チッタデッラに行けなくたって、近くのローソンで声を聴くことができる。さな歩きを見れば、行った気分にもなれよう。

 何処に居たって、何処に行けなくたって、私たちは「名取さな」を感じることができる。「さなのばくたん。」を感じることができるのだ。


3月7日の始まり。

 日の変わったその瞬間から、私のタイムラインはお祝い一色に染まった。
 彼女の誕生日を祝う無数の言葉やイラスト、動画、楽曲、果てはケーキの写真まで、せんせえがたの愛としか表現しようのない、素敵なもので溢れかえった、
 私たちはこんな日を、ずっと、ずっと待っていたのだ。
 曇り一つなく純粋に彼女の誕生日を祝える日を、待っていたのだ。

——私たちの3月7日は、こうして盛大に始まった。


せんせえの後ろ姿

 私が川崎に降り立ったのは10時前だった。駅を出て、ラ・チッタデッラへと向かう途中。
 ふと、前を歩く人の後ろ姿が、正確に言えば彼が着ていたパーカーの色が、私の目をひいた。
 見間違えるはずもない、そのフード裏の強烈なピンク。

 あ、せんせえだ。
 せんせえが、ラ・チッタデッラを目指して歩いている。
 おそらく、物販に並ぶのだろう。
 私と同じように。

 そう思った瞬間、なんだか大きな実感がわいてきた。
 とうとうこの日が、「いつか必ず来る3月7日」がやってきたのだと強く意識した。
 別に、自分以外のせんせえを見たのが初めてなわけでもない。
 過去にもイベントや即売会の会場で、せんせえがたを見たことはある。
 なんだったら、私は前日にラ・チッタデッラを訪れていて、散策するせんせえがたを見かけているし、ばくたんカフェにだって行っている。

 けれど、どうにも心打たれてしまったのだ。
 ラ・チッタデッラを、いや、さなちゃんねる王国を目指して歩く、せんせえの後ろ姿に。
 そんな光景を、見ることができるという事実に。


 その日一日、私はせんせえがたの姿を見るたびに嬉しくなった。
 物販に並ぶ多くのせんせえ。タワーレコードで等身大パネルの写真を撮るせんせえ。ばくたんカフェの前で予約の時間を待つせんせえ。
 ラ・チッタデッラを歩くだけで、多くのせんせえとすれ違う。
 名取パーカーを着ている人もいれば、バッグにアクリルキーホルダーをつけている人もいたし、手に持つ黄色い袋から丸まられたポスターが見えているせんせえもいた。

 これがみんなせんせえなんだ。なんだかすごいな。
 そう思ってタイムラインを見てみれば、同じようなことを思っているせんせえの呟きがいくつもあって、少し面白かった。

 私自身、人とのコミュニケーションをとるのが苦手なのもあり、その場に居合わせたせんせえがたとお話ししたりといったことはなかったのだけれど、うっすらとした親近感や仲間意識のようなものをずっと感じていた。


お花でいっぱいの、あの子のお城

 予定から少し遅れて、16:40頃。
 私たちはついに、登城を許された。
 宝物のように大切に持ってきたチケットを入り口でもぎってもらい、エレベータで上がったせんせえがたを迎えたのは、無数の花々だった。

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(この写真は、お花の一部でしかない。Twitterで写真を探してみてほしい)

 フロアの奥にまで立ち並び、まるで埋め尽くさんばかりのそれらは全て、せんせえがたや彼女と関わった人々から贈られた祝い花だ。

 かつて、彼女は「フラスタは愛の塊」と表現したことがある。
「もしいつか、大きな会場でイベントをやれたなら、一輪の花をください」と彼女にしてはひどく珍しく、花をねだったことがある。
 その声に、思う存分応えるような、数えきれないくらいの「愛の塊」がそこには並んでいるのだ。

 そんな花々とともに、そのフロアには「名取さな」が散りばめられていた。
 フラスタのスマートフォンを向けるように配置された彼女のパネルや、大きく印刷された「ばくたん。」のメインビジュアル、映画館だということを活かした映画パロディポスター——
 スクリーンに入れば、三名取による、どこか見覚えのあるような注意喚起動画が流れている。

 そこはまさに、そう、「あの子のお城」に違いなかった。

 ようやく辿り着いたこの場所に、せんせえがたは言いようのない、様々な感情を抱いたことだろう。

 やがて、私たちはスクリーンに入り、それぞれの席へと座る。
 大きな緊張と期待とを持て余しながら、そわそわと——


 必死に大喜利を考えさせられていた。
 なんで?


開幕を告げる「エッビーナースデイ」

 時は満ちた。
 数秒の暗転の後、その口火を切ったのはご存知ぬヴェントス氏の手掛ける疾走感溢れる映像だ。
 茶番を含んだカウントダウン、そしてその特徴的なイントロとともに、「さなのばくたん。-ていねいなお誕生日会- Powered by mouse」は開幕と相成った。

「インターネットで生きる名取さな」をこれでもかと表現する、明るく、楽しく、わちゃわちゃとした「エッビーナースデイ」はまさしく、イベントの始まりに相応しい。
 彼女のためだけに作られた玉座の間に立ち、本当に楽しそうに歌う我らが王は、間違いなく今日の主役であった。

 そして、万感の想いを込めて歌われた落ちサビ——「誕生日できたよ」は、きっと「ばくたん。」の開催を待ち続けてきた全てのせんせえの心を打ち抜いたに違いない。

 続けて歌われた「ファッとして桃源郷」「ギミー!レボリューション」の盛り上がりも抜群で、このイベントの大成功を確信させるに足る最高の滑り出しだった。

特別ないつも通り

 大盛り上がりの3曲の後に聞こえてきた、親のBGMより聴いたBGM「A Day Of V Sanatorium」に思わずにっこりしたせんせえは多いと思う。
 それまでの緊張と興奮から一転、そこから始まったトーク・企画パートには馴染み深いさなちゃんねるの空気があったからだ。

 もちろん、その時間はいつもとは違う、本当に特別なものだ。
 大きな会場、そこに集まった多くのせんせえがた、拍手やサイリウムを使ったコミュニケーション。
 けれども、その根底にある双方向性は、確かに彼女の普段の配信と強く通じるものだったと思う。

 そんな「特別ないつも通り」は、せんせえがたが思い描く理想の「名取さなのイベント」だったのではないだろうか。

 せんせえがたの妙な団結力も健在で、「名取のこと、好きな人〜?」という声掛けに対して一切の反応をよこさない会場という一幕や、一方でサイリウムをローソクの火に見立てて消したいという王の要望にはしっかりと応える一幕は、まさにいつものせんせえがた、いつものさなちゃんねるであった。

「まあ、これがさなちゃんねるですわな」


まごうことなき神アイドル・名取さな

 ローソクの火を吹き消すとともに訪れた暗闇を切り裂いたのは、「Make it!」の高らかなイントロだった。

 普段から、本当に好きな作品として「プリパラ」を挙げる彼女が満を辞して歌うその曲に、せんせえがたが盛り上がらないはずはない。

 そして、プリパラ楽曲と切っては切り離せないあの演出、「メイキングドラマ」と「サイリウムチェンジ」——改め、「メイキングメモリー」と「サイリウムタイム」によって、その王の衣を燦々と輝かせる彼女の姿は、まごうことなき神アイドル・名取さなであった。


せんせえがた待望の「PINK,ALL,PINK!」

「Make it!」の興奮冷めやらぬまま迎えた次曲は、名取さなによる名取さなのための名取さなのアイドルソング「PINK,ALL,PINK!」だ。
 昨年の「ばくたん。」のために作られた本曲。そのライブでの初披露を、心底楽しみにしていたせんせえは本当に多かった。

 一年もの間温められたその想いを存分に弾けさせるように歌う彼女とその掛け声に鳴動するピンクのサイリウムの海。
 それは、私が本当に見たかった光景の一つでもあった。

 サイリウムを力一杯振りながらも、その「PINK,ALL,PINK!」の歌詞が特別仕様になっていることにほとんどのせんせえは気づいただろう。
こ のご時世で難しくなってしまった「キミの声をきかせて もっと」を「キミの愛を伝えて もっと」と変えて歌うというその演出は、作詞作曲を手掛けた桃井はるこ氏直々のご提案だったという。
 サブカル文化を愛し、牽引してきた「モモーイ」らしい、あまりにニクい演出だった。


新曲「アマカミサマ」

 最強のアイドルソング2曲を終え、またいつものさなちゃんねる的雰囲気のクイズ企画の後、とうとう発表、そして初披露となったのは新曲「アマカミサマ」。
 作詞:只野菜摘氏、作曲:田中秀和氏という、だれもが聞いたことがあるだろう有名作家陣にせんせえがたは度肝を抜かれた。

「さなのおうた。」とも、「PINK,ALL,PINK!」とも、「エッビーナースデイ」とも大きく異なる、少ししっとりとした曲調。
 彼女とせんせえがたの、その微妙で特異な関係性を「アマカミ」と表現する歌詞の絶妙さ。

 いつもとは違う、しかしどうしようもなく名取さなの曲であるそれに、せんせえがたはすぐさま魅了された。


 この「アマカミサマ」をもって、「さなのばくたん。」は一度幕を閉じる。
 そしてもちろん、手拍子による無声のアンコールが、すぐさま巻き起こるのであった。


せんせえがたに向けられた手紙

 熱烈なアンコールを受けて再登場した彼女は、最後の曲を歌う前にせんせえがたに向けた手紙を読み上げる。
 それは、ただただ純粋な、感謝と愛の手紙であった。

 普段、彼女がどれだけせんせえがたのことを想って活動しているかは、彼女を推していれば本当によくわかる。けれども、その根底にある想い自体が語られることは滅多にない。
 そこには照れや美学、矜持——そういったものがあるのだと思う。

 しかし、それらをかなぐり捨てて、涙ながらに、ひたすら真っ直ぐな言葉をもって紡がれるその想いは、その感謝は、その愛は、きっとせんせえがたの心の奥底にまでしっかりと届いたことだろう。

 そして、
「せんせえたちも、名取のこと好きだよね!?」
 という言葉へ、今度は全力で叩かれる拍手、全力で振られるサイリウムの光こそ、彼女の大きな想いに対するせんせえがたの確かな応えであった。

閉幕を飾る「さなのおうた。」

 最後の曲として歌われるのはもちろん、「さなのおうた。」だ。
 この盛大なお誕生日会の閉幕を飾るに足る曲は、せんせえがたへの純粋な感謝と愛の歌であるこの曲をおいて他にあるまい。

 彼女が大きくなればなるほどに、歩みを重ねれば重ねるほどに、その重みを増す「わたしここまでこれたよ ほんとうにありがとう」で締められる歌詞は、今回もまた、せんせえがたに大きな感動と、そして、未来への希望を抱かせた。


 そして「ばくたん。」の最後に流れたのは、「_」や「2011.04.**」を想起させる、少し不穏な映像だ。
 それは、その少しの不穏ささえも「名取さな」を構成する重要な要素の一つであることを、示すかのようだった。


 かくして、「さなのばくたん。-ていねいなお誕生日会- Powered by mouse」は幕を閉じた。


祭りを終えて

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 粛々とスクリーンを出るせんせえがたは、皆一様に無言だった。
 聞こえてくるのは小さく鼻を啜る音や噛み締めるように吐かれる溜息ばかり。
 けれども、言葉を交わさなくとも、きっと想いは一つだったはずだ。
 本当に、本当に最高の、お誕生日会だった。

 名残惜しさをどうにか断ち切って、外へと出た私は、改めて振り返ってチネチッタを見上げる。
 そして思うのだ。


 2021年3月7日、確かにラ・チッタデッラはあの子の王国で、チネチッタはあの子のお城だった。



2021年3月14日 冬日あおい

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