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ミュータント・ザ・クインテット 第4話

 五月子の死から一夜が明けた。遺体はエピュラシオンによって司法解剖され、薬物中毒による心臓死が死因と判明した。そして、MSAでは五月子が持っていたコーヴァスの成分分析が行われた。

「成分分析の結果はもう少し待ってほしいってさ。ところで」

 香は勢揃いしたプランQの面々を見渡す。真白、赤井、黄帆、桃子。もう一人呼んだはずなのに、いない。

「八雲はどうしたの? まだ会えていないのかい?」
「あいつ、令状のことは知らないって言ってました。嘘っぽいですけど」「あの」

 黄帆が手を挙げる。

「ヤックルは自分の能力を使いたがらないんで、プランQには参加しないと思いますよ。なんでかは知りませんけど」
「それ、前も言ってたな。何かトラウマでもあるのか?」

 赤井のその一言で、香はある事件を思い出す。

「トラウマ、ねぇ」
「仁部丘先生、心当たりがあるんですか?」

 桃子の問いに、香は昔の出来事をひとつひとつ思い出しながら語り始めた。

「八雲が高等部二年生の頃の話だよ。体育の授業中にね、同級生の男子生徒が能力を暴走させて他の女子生徒に襲いかかったんだ。それを見ていた八雲が止めに入ったんだけど、MSSの花壇に咲いてた金木犀の匂いで八雲まで暴走しちゃってさ。その男子生徒に大怪我させちゃったんだ」
「確か、ヤックルの能力って金木犀の匂いで発動するんですよね」
「そう。で、その事件があってからMSSの花壇に金木犀を植えるのをやめたんだ。八雲と同じような能力を持つ生徒が入学してきたら、彼の二の舞になってしまうからね」
「そういえば、MSSの高等部に彼の妹がいましたよね? 彼女から説得させてみたらどうですか?」

 赤井の提案に、香は首を横に振る。家族を利用するのは好きではないらしい。それを見ていた桃子が別の案を出してきた。

「ねぇ、家に直接行ったほうが早くない?」
「それもそうだけど……知らないって言われてるからなぁ」
「それ、その場しのぎの言い訳かもしれないよ。家に行ったら、令状があるかもしれないじゃない? 直接確かめに行こうよ」
「いいですね、それ! ってことで、ましろん! 行こうよ、ヤックルの家に!」

 熱っぽくプレゼンする黄帆。だが、真白はそれに反して冷静だった。

「いや、家に行くのはやめよう。両親が反対しそうだ」

 真白はそう言うと、赤井たちにパソコンの画面を向ける。そこには先程香が話していた事件の顛末てんまつが書かれていた。

「『この一件の後、教員部は当該生徒二名に厳重指導。また、生徒Bの両親は本人に能力を使わないようにと指導。校内に能力のトリガーとなる金木犀を植えるのを禁止するようにMSSに申し出た』……これ、八雲さんのご両親が能力を使うのを禁止しているってことですね」
「その通り。だから、俺はある作戦を思いついた」
「なになに?」

 真白は再びパソコンの画面を赤井たちに見せる。先程と違い、今度はメールが表示されている。

「八雲にMSSの花壇の手入れをしてもらおうと思う」
「え、シロちゃん、何考えてるの?」
「仕事と称して八雲を呼び出して話をつける。あいつももう大人だし、自分の行き先くらい自分で決められるだろ。それに、そろそろ金木犀植えてもいいでしょう。所長」

 香はやれやれ、という表情で真白に視線を送る。

「あんた、だんだんお父さんに似てきたね」
「あんな奴と一緒にしないでください。俺は俺ですよ」
「ま、いいでしょう。MSSの生徒のデータを見る限り、八雲と同じような能力を持つ生徒はいないし。好きにしなさい。ただ」

 香は真白の肩を叩き、意地悪そうな声で告げた。

「今回の費用は、あんた持ちだからね」
「それくらい、わかってますって」

 メールを送ってから二時間後。八雲から返信が届き、作戦決行は二日後に決まった。


 作戦当日、MSSの花壇に八雲の姿があった。彼の手により、何も植えられていない花壇に花の苗が植えられていく。

「ごめんね。真白がどうしても八雲にお願いしたいって言うから」
「いいですよ。母校の花壇をいじれるなんて、光栄です」
「そう。あ、疲れたら休憩してね。お茶用意するから」
「お気遣いありがとうございます」

 ぺこぺこと頭を下げる八雲。金木犀対策なのか、口元にマスクをしている。それを見た香は彼のトラウマがまだ拭いきれていないことを悟った。

「あ、赤井! ちょうどいいところに」

 香は赤井の姿を見つけ、手招きする。MSSの教師も務める彼は、ちょうど中等部の授業を終えたところだった。

「ちょうどいいところに、って手伝わせる気満々の台詞ですね」
「お、よくわかってるじゃないか。ってことでよろしく」
「まぁ、いいですけど。泉崎先輩も連れてきてくださいね」

 香はわかったよ、と言ってその場を離れた。残された赤井は、半ば仕方なく八雲の手伝いをすることにした。

「八雲さん、この苗はどこに植えるんですか?」
「ああ、特に決めてないし好きなところでいいよ」

 先日遊行寺邸で花を生けていた時には、どこに何を生けるか決めていたというのに。ノープランなんてこともあるんだな、と赤井は驚いていた。

「ごめんね、忙しいのに」
「いいですよ。それより、一つ聞いていいですか?」
「なに?」
「召集令状、本当に届いてないんですか?」

 八雲の表情から笑みが消えた。真白の言う通り嘘なのか。赤井は更に深く踏み込むことにした。

「届いてないって、あれ嘘ですよね。住所不明なら郵便物は戻ってくるはずだし。プランQに参加したくないなら辞退することだって……」
「違う! 違うんだ……」

 八雲はポケットからくしゃくしゃの紙を取り出す。その紙には召集令状と書かれている。

「家のゴミ箱に捨ててあったんだ。母さんがどうしても行かせられないって。人を傷つけるために能力を使うもんじゃないって止められたんだ」
「八雲さん……」

 その時、MSSの校舎から悲鳴が聞こえた。

「何、今の?」
「高等部のほうから聞こえましたね。様子を見てくるので、待っててください」
「嫌だ、僕も連れてってよ。高等部に妹がいるんだ。何かあったら……」

 本来であれば部外者を巻き込むわけにはいかないところだが、八雲は止めても来そうだ。

「わかりました。ただ、やりすぎないでくださいよ。能力を使わなくても、八雲さんはただでさえ強いんだから」
「ありがとう。足手まといにならない程度に頑張るよ」


 赤井と八雲は、悲鳴が聞こえた高等部の教室へと向かった。教室周辺では、野次馬の生徒たちが群がっていた。

「おい、何があった!?」
「あ、赤井せんせー! 四谷よつやが、急に暴れだして、そ、それで」
「落ち着け、四谷のことは俺が何とかする。お前らも安全な場所に避難しろ!」

 群れをなしていた生徒たちはその場を離れ、外へと逃げて行った。中には転移の能力を使い避難する生徒も見られた。

「あの時と同じだ。中高生になると、みんな一度は能力を暴走させてしまう。あいつも、僕も」
「そうだな。でも、ここは正しく能力を使うミュータントを育てるための学校だ。お前だって、悪いことに能力を使いたくないんだろ?」
「そうだね……え?」

 赤井ではない男性の声に驚く八雲。横を向くと、真白が立っていた。

「ひぇっ!? い、いつの間に?」
「今来たところだ。いや~、これがなかなか手に入らなくてな」

 小瓶を八雲に見せる真白。ミルククラウンを模った蓋を開け、八雲に吹きかける。

「うわっ、何すんのぉ~!?」
「良い匂いだろ。お前はトラウマになっているみたいだがな」
「これ、金木犀?」
「お前の母親が隠し持っていたんだ。無理を言って譲ってもらった」
「母さんが? どうして?」

 八雲がMSSに来たタイミングと同時に、真白は彼の家を訪問していた。母親が召集令状を捨てたこと、金木犀の香水を隠し持っていたことを聞き、プランQに協力するよう懇願してきたのだった。

「高校生の頃、お前は同級生を守るため能力を使った。結果、相手に怪我を負わせてしまったが正当防衛の範囲内だ。お前は彼女の未来を守った。それと余談だが、彼女は今、MSAの研究員として働いている」
「え、そうなの……?」
「ああ。そして、今は妹を守るために能力を使う時だ」

 目の前では、能力を暴走させた生徒――四谷が女子生徒に襲いかかろうとしていた。女子生徒は、八雲の妹・緑川出雲いずもだった。

「あの野郎、出雲に手ぇ出しやがって!」

 八雲の顔つきが変わった。普段の柔和な雰囲気はどこへやら、けものの目つきをしている。四谷を睨みつけ、飛びかかる。

「うわっ、なんだ!?」
「俺の妹に何してる、あぁ!?」
「わ、わ、ご、ごめんなさいぃ!」

 どうやら四谷の意思と関係なく能力が発動しているようだ、と悟った真白は赤井にアイコンタクトを送る。

「八雲さん! 相手は高校生です、手加減してください!」

 ただ、能力の名の通り猛獣と化した八雲にその言葉は届かなかった。怒りが込められた拳は容赦なく四谷に襲いかかり、口元が切れ流血しているのが見える。その隣で、兄の能力を初めて見た出雲が怯えていた。

「さっき言っただろ。能力は他人を守るために使えって。悪いことに能力を使いたくないって、言ってただろ。これじゃ昔と一緒だろ、おい!」

 八雲に掴みかかる真白。張りつめていた糸が切れたかのように、八雲の動きが止まる。

「僕は……また繰り返そうとしていたのか? また、あの時と同じことを」
「ああ。久々だから力の使い方を忘れたんだろ。俺がもう一回教えてやるから、プランQに参加しろ」

 八雲の目が潤んでいる。目の前の彼らはこの力を認め、一緒に戦おうとしてくれている。この力を他者のために役立てたい。彼の中にそんな思いが芽生えていた。

「お兄ちゃん、世界を救うスーパーヒーローになって帰ってきてね。絶対にね!」

 出雲が横から口を挟む。八雲は泣きながら彼女を抱きしめた。

「うん、約束するよ。必ずプランQを成功させる!」


 騒動の後、保健室に運ばれた四谷は軽傷で済んだが、八雲からお詫びとして治療費が支払われた。そして、八雲のプランQ参加が正式に決まり、決起集会が行われた。

「さて、これで全員揃ったね。赤井、黄帆、桃子、八雲。この作戦に加わってくれて、本当にありがとう。命の危険がある反面、作戦が成功した暁にはそれなりの謝礼を支払うから楽しみにしていてほしい」

 研究室の明かりが消され、プロジェクターにプランQの作戦内容が映し出される。香は重点的な部分をピックアップし、説明していく。

「黒鳥舎や黒い鳥計画については、各々知っているだろうからここでは割愛するとして。追記事項はこれだね」
「コーヴァス、か。成分分析の結果は出たんですか?」

 香は真白に一枚の紙を手渡す。分析結果は麻薬と同等のものであったが、一つだけ見慣れない成分が発見された。

「ん? なんだこれは」
「調べたけどよくわからないってさ。どうやらそいつが肝になっているみたいだ」
「ましろん、あたしたちにも見せてよ!」

 真白は黄帆たちにも成分分析結果を見せた。真白が指差した箇所がそれにあたるようだ。

「この名称不明ってやつが、人間に異能力を与える成分らしい。黒鳥舎がオリジナルで開発したみたいだな」
「黒鳥舎ってそんなことも出来るの? 怖いわね」
「そういうことをするのが黒鳥舎だ。やっていることはほぼ犯罪なのに、未だに逮捕されないのが不思議だ」
「そうそう、今回の件を受けてエピュラシオンと合同で捜査をすることになったから。来週の水曜日、一回目の捜査を行うことになったから頼んだよ」
「え!? 急すぎない?」
「明日やるよ、ってよりは急じゃないと思うんだけど。ってことで、今日は解散! 捜査の前日にミーティングするから、忘れないでね」

 各々が研究室を後にする中、タブレットの中のおニサがその様子を見つめていた。

「ガッ、ガガッ、ピ―――――……

『この…………計画…は必ずや総ての人……間を幸福にす…るであろう……。私はこの計…画を、黒い…鳥計画……と名付ける……』」


 






 


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