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卒業

2023.3.24
高校を卒業できることが確定した。
私は色々あって、学校に通いながら私のままでいることができなくなってしまったので通信制の高校に転校した。
もうずっとだめだったけど、それでも前の学校にしがみついてしがみついて、ボロボロになって耐えられなくなって逃げた。
あと一年だった。
でもどうしてもあと一年頑張ることができなかった。

卒業が決まったので、私は前の学校の通学時に使っていたリュックを開けてみた。
学校に行こうと思って準備した教科書やノート、プリント、提出する課題が入ったままだった。
その日は結局学校に行けず、そのまま一度も行くことなく転校した。

ファイルはプリントで溢れていて、1つのファイルに入れられるプリントの量を超えて入れられているファイルが6つもあった。
あの頃はなんだかいつも頭がぼーっとしていて、どのプリントは捨ててもよくて、どのプリントは捨ててはいけないのかがわからなくなっていた。
飽和しているファイルが飽和している私の頭の中によく似ていた。

飽和したファイル、私の頭の中
同じファイルが2つもある


ファイルの中身は授業のプリント、テスト、成績表、日程表、時間割などだった。
当たり前といえば当たり前だが、何も面白味のない中身で、もっと歌詞を書き写した紙とか絵の書いてある紙とか、何なら自作の詩が書いてある紙でも出てくればよかったのにと思ったが、あの頃の私にはそんな余裕はなかったなとも思った。

時間割には特定の教科に丸がついていた。
私は学校に行けない日が多くて単位がギリギリだったので、丸がついた教科は絶対に出なければいけなかったのだ。
それに出ないと留年してしまうので、吐きそうになりながら授業に出た。
内容は全然入ってこなかった。
予習もできていないので「予習の範囲を隣の子と答え合わせして〜」というのがあったのだが、その時間はひたすら隣の子に謝っていた。
絶対に出なければいけない授業がない日は休み、ある日はその授業が終われば早退した。
なので日程表には“この日は午前中だけで〇”や“この日は行かなくてもいい”などと書いてあった。
本当は“午前中だけで〇”でも“行かなくてもいい”わけでもないのにね。

3年生になってからは1回しか行かなかったので、ファイルに入っていたプリントを見て初めて私は3年2組24番だったことを知った。
それだけ、本当にそれだけなのだが、私を悲しくさせるには十分だった。

でもやっぱりよく頑張ったと思う、本当に。
だけどこの経験があってよかったとか、この経験があったから今の私がいるとか、美談にするにはまだ早い。
まだ全然生傷だ。
それでもなんとか卒業することができて本当によかった。

いつかこの苦しさからも卒業できるように。

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