【20枚シナリオ】『緊急事態宣言』

『緊 急 事 態 宣 言』

                課題 時計
       

 人 物
七月(ナツキ)(25)研究生
理人(23)医学生
セディ(25)留学生
大学病院受付係

○七月の部屋(夕)
   白い部屋。TVの横の赤い置時計が6時
   を指している。TV画面には人の減った
   渋谷交差点のニュースが出ている。七月
  (25)がデスクに向かいPCを開いてるいる.
七月「コンコン。生きてる?」
   PC画面に暗い部屋が映る。閉まったカ
   ーテン。ベッドに横たわる理人(23)の背
   中。奥の壊れた置時計は6時前で止ま
   ったまま。顔は見えないが弄っている
   スマホ画面の仄かな明かりだけ浮かぶ。
七月「元気?世間は今大変な状況だけど。日
 本中てか世界中か。歴史的なことが起こっ
 てるようだけどイマイチ実感ないというか」

理人の声「ああ。何も変わらね」
七月「だよね、元から引きこもりはね(笑う)。
 誰とも会ってないんでしょ?相変わらず」
理人の声「この一週間に対面したの、コンビ
 ニ店員一人だけ、一回こっきり」
七月「さすが。世間は今外出るな家にいろっ
 て。こんな引き籠る事推奨されるなんてね。
 慣れない人はストレスで大変みたいだけど」
理人「元々引きこもりには関係ないさ。誰に
 も移されない移さない。引きこもり最強!」
七月「だね。でもせっかく医学部入ったのに」
理人「押付けだし、父親の。強制か?洗脳か」
七月「病院の跡取り息子だからな……休学し
 てるの?とりあえず」
理人「まあ……辞めるかもしれないし」
七月「もったいないよそれは。でも無理矢理
 やりたくないことやらせるのも違うか……」
理人「まあ、勉強すること自体は別に嫌いと
 いう訳じゃないが。学問追求とかは」
七月「うん。やっぱり押し付けか、問題は……
 人生を乗っ取られるというか……」
   画面に、セディ(25)が突然飛び込んでく
   る。金髪の長身、ブルーグレイの瞳。
セディ「ハロー」
七月「おお、セディ。今どこにいるの?」
セディ「海の上ネ」
   セディがカメラを動かしぐるりと部屋
   の中を映す。ホテルのような船室。
七月「それどこ?国内?」
セディ「ノー。どこかの国の港近くの海」
七月「足止めくらってるの?」
セディ「ヴァイアラス出たからここに閉じ込
 められてるネ。トゥーモアウィークス」
   とベッド横のデジタル時計を指差す。
理人「上陸拒否されてるのか……」
七月「ああ、どの国も自国をまず守らなきゃ
 だしね。これから2週間缶詰か。大変だね」
理人「余裕じゃね?」
セディ「ノーパーティー。ノーコンサート。
 ノージョギング。デッキの散歩少〜しダケ」
   と片目を瞑って指先で強調する仕草。
七月「セディは元々世界中を移動するのがデ
 フォみたいな放浪民族気質だから。一所に 
 じっとしてるのは性に合わないのかもね?」
セディ「ノーファン、ノーライフ!」
理人「人生は楽しむためにある……確かに、
 日本人にも必要な楽観的観念かもな」
セディ「ステイホーム!ゲッツクレイジー」
理人「マグロみたいに泳ぎ回ってないと死ん
 じゃうみたいな?」
七月「ああ、でも分かるかも。両方分かる!
 前は私も追い立てられるように動いて何か
 してなきゃいられなかった。でも病気にな
 って、動きたくても体が動けなくなって……
 いつの間にか逆に動くのがしんどくなった」
理人「オレみたいに?」
七月「うん。だから、両方とも分かる」
理人「病気って、免疫系だっけ?」
七月「自分の免疫が自分の体を攻撃するとい
 う…すごい優秀な兵器だから痛さ半端ない」
理人「体からのサインじゃね?立ち止まって
 考えろよ、何か忘れてないかっていう」
七月「免疫とメンタルは結構繋がってる?」
理人「俺も大学受かってから気づいた。何か
 奥深くで引っかかってるって。その引っか 
 かってるとこを取らないと、前に進めない」   理人の青白い顔が画面に映る。
セディ「誰の人生?貴方の人生貴方の物!」
七月「さすが。ポジティブ教育の国の人」
理人「免疫は大事。ウイルスも最後は免疫力」
七月「セディは今回の旅は母国に帰省で?」
セディ「レラティブ探しネ」
七月「親戚?セディは何人だっけ?ハーフ?」
セディ「アメリカ人ママ、日本人のグランマ、
 イギリス人グランパ。パパ、フレンチカナ
 ディアン。イタリアンクウォーター」
七月「あれ、待って待って(笑う)。ごちゃ
 ごちゃになった。そう言えばヨーロッパと
 か北米も移民が多いから……てか北米大陸、
 そもそも移民の国だし。そうか、もう国籍
 とかあまり関係ないのか、日本と違って」
理人「でも愛国心は結構強いよな、みんな」
セディ「そう。あと割とルーツにこだわるよ」
理人「家はどこにあるの?」
セディ「家ないよ、今は。パパ、ママ死んだ」
七月「天涯孤独?すごい……」
理人「さすが。移動移民放浪がデフォの民族、
 スケールが違う。その強さ、自立心!」
七月「ウイルスにやられたら大変だよね……」
理人「そんな所でくたばったら、遺体引き取
 りに行ってくれる人もいないだろ?」
セディ「大丈夫。死んだら天国に行くだけよ」
   セディがカメラを持ったまま窓の方へ
   移動する。デッキに出て、海の方へ向
   ける。青い海原が広がっている。
理人「遺灰撒いてほしかったら言って」
セディ「理人外出ないでしょ?来てくれる?」
理人「うーん特別に。その一回こっきり(笑)」
七月「セディ、気をつけてよ!」
セディ「生き残った者だけが未来へ行ける!」

○大学病院・新棟・エスカレーター〜受付
   エスカレーターで2階へ向かうマスク
   姿の七月。人気のない広いロビーを進
   み一番奥のカウンター前に来る。受付
   票を差し出すとマスクの受付係女性が
受付「今日患者さん少ないので検査結果出次
 第お呼びします。診察室前でお待ち下さい」
   七月、ポロポロとしか人のいない長い
   廊下を歩く。ズラリと並んだ白いソフ
   ァの端に座る。ドア横の電光掲示板に
   七月の番号が点滅する。七月立ち上が
   り診察室の引戸を開き中に入って行く。

○七月の部屋(夕)
   6時を指す時計。TV画面には欧州の医
   療崩壊ニュース。PC画面に向かう七月。
   PC画面に映る理人、セディ。
セディ「日本、すごく少ない、なぜ?不思議」
理人「今の処欧米に比べたら日本は圧倒的に
 死者重症者少ない。でも今に同じように医
 療崩壊するぞとやたらマスコミ煽ってるな」
七月「今日定期受診で大学病院行って来たけ
 ど、いつもより患者も全然少なかったよ。
 皆キャンセルしたみたい」
理人「重症患者が溢れて医療崩壊というより、
 日本の場合マスクや防護服なんかの物資の
 不足の方が医療圧迫してるんじゃないかな」
七月「マスク私もなくなる。持病あるから元
 元マスクしてと、ドクター指示出てるのに」
セディ「C国が輸出ストップしたからだネ」
理人「生物兵器開発かとも囁かれてるけど、
 それはともかくとしてもあそこからウイル
 ス広まったのは確かなのにな。日本の会社
 が作ったマスクまで警官が見張ってるって」
七月「日本はお人好しにも、困ってた時に空
 輸までしてあげたのにね」
セディ「一国の世界制覇、間違いネ」
理人「一帯一路なんて一国が世界征服するよ
 うな政策、企みの歪みじゃね?ウイルスも」
セディ「バッタの大群みたいネ」
七月「前に微生物学の教授が言ってたんだけ
 ど、微生物の世界では、ある種の菌が別の
 種の菌と闘って生存競争するとき、勝った
 方は一定の個数で止まるの。それよりは増
 えようとしない。6対4と決まってるらし
 い。たぶん共存共栄が必要だと分かってる。
 敵を全滅させて自分たちだけ繁栄しても、
 やがて害が自らにも降りかかってくるって」
理人「生態系バランスで?」
七月「うん。繁栄する社会とは種の数が多く、
 個数が少ないこと。反対に種の数が少なく
 なって個体数が増えると、滅びるんだって」
理人「ああ、バッタの大群とか、個数が一気
 に膨大になるもんな。それで作物食い尽く
 したりして、他の種の生き物とかも被害く
 らって、滅びる種属も出てくるんだろうな」
セディ「外来種にやられる希少種とか。生態
 系バランスがどんどん狂っていくネ」
理人「モンゴル帝国とか一時期巨大に拡大し
 たのに、今じゃ見る影もなし」
七月「あと前に読んだ公衆衛生学だか栄養学
 かの本にあったんだけど、全世界の総人口
 を飢えさせない位の食料は、全世界まとめ
 るとあるんだって。もちろん国によっての
 偏りや廃棄率の問題等もあり、それが行き
 渡るのは難しいんだろうけど、皆が争って
 奪い合う必要ない程にはコントロール次第
 でできるということ。飢えないならとりあ
 えず戦争に駆り立てられる必要もないし」
セディ「オー、ワンダフル!」
七月「もっとも、少し前の統計なので今現在
 の世界人口や気象変動とかでどうなってる
 かは知らないんだけど……それに現実はそ
 んなに甘くなくて、程々を知る指導者ばか
 りじゃないし、偏った考えで後先考えず暴
 走したり、間違った方針に気づかなかった
 りで中々簡単じゃないとは思うけど……」
理人「でも、やりようによってはできると」
七月「節度を守れば……?」
理人「一国の覇権拡大やってる場合じゃない」
セディ「生態系バランス!」
   七月が時計に目を遣る。7時を指して
   いる。TV画面に首相の会見が映る。 
   「……本日緊急事態宣言を発出致しま
   した」と言う声にじっと見入る七月。

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