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読書録「おいしいごはんが食べられますように」

「群像」掲載作品を単行本化。職場で繰り広げられる人間関係を、食べ物にまつわるエピソードで描く。仕事、食事、恋愛、それぞれが絡み合って、登場人物の価値観が現れてくる。そつのない若手社員の二谷、かよわく守ってあげたいタイプの芦川、仕事ができる後輩の押尾。淡々とした日常の小さな出来事に、不穏な感情が少しずつ積み重なる。ある日、二谷と押尾はちょっとした密約を交わす。「それじゃあ、二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」3人に訪れる結末は、幸福なのか、不幸なのか。

「おいしいごはんが食べられますように」高瀬隼子 講談社(2022.3.22)

読後感は大変モヤモヤした。モヤモヤするけれど、おもしろかった。
職場のあるある、こういう人いるよね、こういう事あるよね、という感じで、とても共感しやすい。作者は押尾さんタイプなんじゃないかなあ。仕事ができて頑張り屋で、だけど真っ直ぐすぎてちょっと損をしてしまう。世の中の本質が見えるからこその気苦労。やさしくてかよわい芦川さんタイプはなんだかんだ言っても、結局おいしいところをもっていく。だからちょっといじわるをしたくなる。
そして主人公の二谷。仕事ができない芦川さんを密かに軽蔑し、健康的な食事を押しつけがましいと感じ、みんなで食べる食事を嫌悪する。なのに、手作りの夕飯やお菓子を嬉しそうにふるまう芦川さんとつきあいはじめる。
結末は、ちょっとホラーというか、背筋がぞっとする感じだった。謎の力に抗えず、からめとられてしまったかのような。
30年後の彼らの物語も見てみたいと思った。

昔「1980アイコ十六歳」という小説を読んだ。主人公の女子高生は、守ってあげたいタイプの同級生に激しくいらつく。こういう関係性って永遠の課題なんでしょうか。お互いうまく折り合っていく方法があれば知りたい。

本文より

青菜も、ハサミでちょん切っちゃえばいいし、ラクチンです。そういう、自分で作ったあったかいものを食べると、体がほっとしませんか」
しねえよ、と二谷は振りかぶって殴りつけるような速さで思う。

「おれは、おいしいものを食べるために生活を選ぶのが嫌いだよ」

みんな自分の仕事のあり方が正しいと思っているというのは腑に落ちた。芦川さんは無理をしない。できないことはやらないのが正しいと思っている。わたしとは正しさが違う。違うルールで生きている。

わたしは別に、許せなくないかもしれない、とふと思う。許せないから、芦川さんのことが嫌いなんだと思っていたけれど、芦川さんのことを嫌いでいると、芦川さんが何をしたって許せる気もする。許せない、とは思わない。あの人は弱い。弱くて、だから、わたしは彼女が嫌いだ。

なんでみんな、食べるんだ。おいしいものを食べようとするんだ。もっと食べたい、なんでも食べたい、がしんどい。

「わたし、毎日、おいしいごはん作りますね」と、クリームコーティングされた甘い声でささやく。揺らがない目にまっすぐ見つめられる。幸福そうなその顔は、容赦なくかわいい。

表紙のシンプルなイラストが、すっきりとした文体のイメージに合っている。

今日から立冬。少しひんやりとしてきた。

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