そして子供は大人になる〈◇カルゼ〉

カルゼの子供の話1。自キャ多め。

▼お借りした方
ユニたゃ


 ポケモンが好きだ。これは不思議な生き物達と同じ世界に生きる人間であれば大概の者はそう思うだろう。彼らは当たり前のように傍にいて、時に争い、時に助け助けられ、時に分かち合う、そんな間柄。一言で語り尽くせず、どんな関係にでもなれるのは人もポケモンも同じ。美しい心もあれば醜い心もある。そんな彼らが好きだ。

 空想の世界が好きだ。この世界には存在しないものを思い描き、それを紙の上に描き出し、糸を紡いで形作る。
 空を飛ぶ翼の生えたギャロップに乗った勇ましく優しい勇者、天にまで届きそうな大きさのハクリューを従えたかっこよくて可愛い魔法使い、沢山のフラベベやフラエッテ達に囲まれた美しいお姫様。何度も何度も紙の上に夢を描いた。描くだけでは満足できず、空想上で彼らが身につけていた装いを作り出したのが、恐らくデザイナー人生の原点だった、気がする。気づけば空想や夢を追っていた、と言うのが正しい。

 大人はあまり好きではない。好きになるものに対して好まれる年齢層が低いほど「いい年して恥ずかしくないのか」と嘲笑してくる。
 人の好きなものを取り上げようとする人間も好きではない。人の好きなものを性や年齢というちっぽけな型にはめて揶揄してきた歳の近い子供や、成長する度に大人になれと自分の常識を押しつける大人。生きる時間を消費する程に、ボクの周りはボクの夢を理解しなくなっていく。
 好きなものは好きなものだ。それの何がいけないのだろう。誰にだって好きなものがある筈だ。それを取られたら誰だって嫌だろう、怒るだろう、悲しむだろう。

 故に考える。きっと彼らは大人になることで、持っていた筈のそれらを歩んできた道のどこかに置いてきたり、落としてきたのだろう。きっとボクが早くそれを捨てて『皆と同じになる』ことを望んでいるから傷つけてくるのだろう。

 ボクが今も持ち続ける『夢』を彼らからは感じない。なら、ボクはそんな人には何一つ与えない。頼まれても何一つ作ってあげない。
 夢の無い人間に、ボクが形作ったを身につけるには相応しくない。カルゼ・アビトの作品を身につけるに相応しいのは、夢の輝きを持つものだけだ。


「カルゼちゃん、今日からここがあなたのお家よ」
 老夫婦に連れられて来た大きな家を端から端まで見上げてから、手を繋ぐ『新しい両親』の顔を見上げる。
「自分のお家だと思って好きに過ごしていいんだからね、カルゼちゃん」
 優しい声色、穏やかな顔つき、皺も染みも無い清潔で綺麗な衣服。長い間子供に恵まれなかったことを理由に、彼らはボクを孤児院から引き取った。生まれた時から親の顔を知らず、赤ん坊のボクを粗末な布に包んで教会に置き去りにして行った生みの親のことになど興味は微塵も無かった。それはこの老夫婦にも同じことが言える。ただ求められたから頷いただけで、特に好きでも嫌いでもない。繋がれた手から感じるのはカサカサとした乾いた感触と、ほのかな温もりだけだ。嬉しいとか悲しいとかも感じない。
 あぁ、でも、寂しいは分かる。同じ孤児院にいたイーサン兄ちゃんと一緒にいられないことだ。あの場所で唯一の味方だった人と離れて暮らすのは、ちょっとだけ寂しかった。同じ町で暮らしているといえど、子供のボクは気軽に彼に会いに行けるほどの体力も、ボクを助けてくれるポケモンすら持っていなかったから、余計にその距離が遠く感じて。
「カルゼちゃん、ほら、お隣さんのお家を見てごらん」
 老淑女がボクの注意を引くように軽く手を引いて顔を隣の一軒家へ向けるよう促す。
「あの家にはね、この間生まれたばかりの赤ちゃんがいるのよ。今度皆でご挨拶に行きましょうね」
「わかった」
 それがユニと初めて会った記憶だった。真っ白い雪のような肌でくりくりとした目をしていて、笑うとふにゃふにゃとマシュマロみたいな柔らかい笑顔を向けてくれて。まるで絵本に登場する天使のような赤ん坊だったことをよく覚えている。
 近所付き合いの良かった老夫婦は度々ボクを連れてユニの元へ行き、ユニの両親とお茶を飲みながら談笑している間はボクがユニと遊んであげるのが当たり前になっていった。ボクと遊んでいるせいかユニはボクと同じようなものを好むようになり、絵本に登場するお姫様は勿論、妖精も小人も好きだと言ってくれたり、ボクが遊びに行くと絵本の読み聞かせを強請ってくるのが常となった。
 そんな日常を過ごす内にボクの中に今までとは違う感覚が芽生え、楽しいだとか、嬉しいが理解できるようになって、それがとても充実したものなのだと知った。

 そんな日が少しだけ変化し始めたのはボクが学校に通うようになってからだ。外でも少しずつ友人ができ始め、イーサン兄ちゃんとも度々会ったり遊べるようになった年の頃、ユニが倒れるように深い眠りに落ちてしまうようになった。
 友達と一緒に遊ぼうとユニを連れて行くと、高い頻度で昏倒してしまう彼女を見て、ボクの気を引きたいからだと心無い言葉をぶつけてくるのが悲しかった。彼女はそんな子じゃないことはボクがよく分かっているからだ。
「ごめんね、カルゼちゃん……」
 目が覚めるユニはいつもボクに謝る。周りの子供にユニがボクに迷惑をかけていると責めるから、ユニがボクに迷惑をかけていると自分を責めるから、眠り姫の呪いなんて誰のせいでもないのに、ボクはいつも謝られる。誰も悪くないのに。
「大丈夫だよ、ユニ」
 今にも泣きそうな幼子の頭にふわりと手を置き、柔らかな髪を指先で梳き撫でながら語りかける。
「皆にはボクが嫌がってるように見えているだけで、ボクはそんなこと思ってないから」
「……うん」
「……もう皆と遊ぶの、やめよっか。あの子達はあの子達だけで遊んだ方が楽しいだろうし」
 ユニが唇を噛みながらこくりと頷く。
「ごめ、」
「ユニ」
 謝罪の言葉を遮りつつ真っ直ぐ幼馴染の目をじっと見つめると、長らく動かなかった表情筋がぎこちなく慣れない笑みを作った。
「ボク、キミのそんな優しいところが好きだよ。だからもう謝らないで。ユニは笑ってる方がずっと可愛いから」
 そう、キミは可愛いお姫様。悪い魔女に呪いをかけられた眠り姫。いつかキミの呪いが解けるまで、傍で見守っていなければ。

 そんな当時のボクは愚かだったのだろう。無知で純粋過ぎた子供の誓いは恐ろしいもので。
 あれから大人になったボクはどこへでも行けるようになった。ボクを育ててくれた老いた父と母や思い出の詰まった家はもう居ないけれど、ファタさんの家の部屋を借りて何とか一人で暮らしていける。
 でも。それとは対照的に、ユニはどこへも行けなくなった。眠りの呪いは予想以上に彼女の心と時間を蝕み、やがて自ら外へ踏み出す為の扉を閉めてしまったのだ。
 その原因はボクにもある。長く傍に居過ぎたせいか、彼女はいつしか人を拒絶するようになった。家族やポケモン達、ボクがいればいいのだと前に零していたのを聞いたことがある。眠りの呪いは彼女から大人になる時間を無情にも奪って行き、姿は年頃の少女でも心はあの頃の子供のままだ。

 どうすればいいのかなんてボクには分からない。ボクが作り出せるのは自分だけの夢であって、人の夢ではないのだから。
 けれども、せめて、どうか、あの子が百年眠り続けてしまう前に、呪いの棘が解けますように。
 今日もそんなことを願いながら、ボクはまた彼女を甘やかしてしまう。まるで人を堕落させる悪魔のように。

「嫌な大人だな、ほんと……」

 いつしかボクは、好きじゃないと思い続けた大人になってしまったことを自覚した。

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