魔具師のせんぱい〈◇リファス〉

▼お借りした方
オズワルドさん


「オズせんぱい、魔具こわれちゃった……」
「またかい?」
 放課後。学園の敷地内にある小ぢんまりとした共同型工房で作業をしていた捩れ角を持つ獣人の男子生徒を見つけるや否や、リファスはたっと駆け出して身につけていたグローブを差し出す。
「んとね、魔石が割れちゃってうまく力が込もらないんだ」
「ちょっと見せてごらん」
 捩れ角を持つ獣人の男子生徒、オズワルドはリファスからグローブを受け取ると、軽く全体を眺めて呟く。
「ふむ……大丈夫、魔石を取り替えればすぐ元通りになるよ」
「ほんと!? 流石オズせんぱい! ありがと!」
「今直した方がいい?」
「うん、明日ロニーと魔物討伐のクエスト行くんだ。うまく立ち回れないと迷惑かけちゃうしね」
「急だね……間に合うかな……」
「間に合わなくても竜の姿になれば楽勝の魔物だから大丈夫だよ!」
 オズワルドはリファスの顔を見る。正確には彼女の顔や体から生えている鉱石や角を見ていた。硬い鱗や数々の魔具の素材となることで広く知られる竜であることを知っている彼は、リファスの魔具の扱い方が少々危ういことを知っている。自身が得意とする光属性の魔石を用いた魔具を使用する為に何度か修理や調整を頼まれてきたので彼女の魔力の込め方や癖はある程度把握しているもの、大体の魔具は人間用のものに触れることが多いのでまだ竜が扱っても支障の出ない範囲が掴めずにいる。
 リファスの身体から生える鉱石や自然に剥がれ落ちた鱗などを魔具の素材として使用できるから原価はかからないで済んでいるが、これが通常の仕事であればいったいいくら掛かるのだろうか。それくらい彼女が魔具を壊して持ってくる回数が非常に多いのだ。
「いつも同じところが壊れるね。魔力伝達も安定しないし……」
「そうなの?」
「魔力を込める時についている癖が強くて魔具が対応しきれないのかもね、ほら……いつも魔石のこの辺りが割れるんだ。ここは魔力伝達回路みたいなものでね、割れたり傷が入ると魔力伝達速度が半減しちゃうんだ」
「そんなことまで分かるんだ、せんぱいはすごいね! わたし全然分かんないや」
 オズワルドがグローブについた白い石を指して説明するも、当の使用者にはちんぷんかんぷんである。
「時間がないからとりあえず応急処置で済ませてしまうけど、明日クエストが終わったらまたボクのところにおいで。きっちりメンテナンスするから」
「ほんとぉ!? ありがとオズせんぱい! あ、お礼はまた鱗でいい? 最近季節の変わり目だからか、ぽろぽろ落ちてくるんだよね」
「いいの? 竜の鱗は色々使い道があるから助かるよ」
「いいのいいの、わたしも魔具直してもらえる上に捨てるだけの鱗を貰ってくれて助かるから!」
 リファスはそう言うとポケットに手を突っ込み、ひとまず今日剥がれ落ちた鱗や鉱石を机の上にバラバラと置いていく。竜にとっては代謝物であっても見る者によっては高価な素材であるので、オズワルドは近くの席で目を丸くして見ている同業の魔具師達を見回しながら「もうちょっとそっと置いてね……」っと念押しした。
「ねぇ、オズせんぱい」
「何?」
「今日初めて知ったんだけど、この学園って魔具師とも契約できるの?」
「できるよ。専属の魔具師がいると正規価格より安く修理やメンテナンスをやってくれるし、交渉もしやすいしね。魔具師も人件費や材料費の支援を受けたりできるから、学園にも専属の魔具師を持つ生徒は多いんだ」
「じゃあ、わたしもオズせんぱいと契約する! いっぱい魔具直してもらってるし!」
「いつも急だね、リファスさんは……」
 あまりにも突然であり軽過ぎる口調で持ちかけられた契約に、オズワルドは苦笑した。
「ボク、あなたから料金を取ったことないでしょう。どうしてだと思う?」
「んー……わたしがお金持ってないから? あとは鱗とか魔石とかいつもあげてるから?」
「そうだね。あなたのお財布事情は分からないけど、あなたがいつもくれるコレらは本当に貴重なものなんだよ」
 学生の身では手が出しづらいぐらいの価値がつくことだってある。と、オズワルドは机の上に置いてあった魔石と鱗を手に取った。
「魔石はボク達の日常には欠かせない媒体でもあるから比較的安価で入手できる。けど竜の鱗は別だ。あなたは友好的な竜族だからこうして対話や交渉で鱗をくれるけど、他の竜族……特に攻撃的で対話もできないものから入手するのはとても危険なんだ。何人もの魔導士が命懸けで手に入れる程の素材は当然魔具としての性能を何倍にも引き上げる。だから、とても貴重な素材の一つとして高い価値がつくのさ」
 オズワルドの話にリファスの表情が曇る。その話にふと過ぎったのは母の顔。竜狩りから我が子を守る為に戦い、命を落とした竜の姿を思い出した。竜も全てが有効的で知的な訳ではない。中には魔物として他者の命を脅かす竜だっていると母が言っていた記憶がある。そしてそれらを狩ることを生業とする魔導士達がいることも。
「竜狩り……」
「リファスさん?」
「わたしね、一回だけ竜狩りに襲われたことがあるんだ。わたし達の体から沢山の魔具を作る為の素材を剥ぎ取る為だって、お母さんが言ってた」
「竜狩りに……」
「でね、お母さん、わたしのこと守る為にいっぱい魔導士と戦って死んじゃってね。わたしもいっぱい斬られたりしてすごく痛かった。逃げて、逃げて、必死に逃げて、名前も分からない村に逃げ込んで、そこである竜人に助けてもらったの。その人はライフィット学園ってところの生徒で、丁度長期休暇で里帰りしてたんだって」
 ぽつぽつと語るリファスの話にオズワルドは黙って耳を傾けている。
「わたしが学園に来たのはその人に恩を返したくて追いかけてきたんだ。だからオズせんぱいみたいに魔具師を目指してたり、ロニー達みたいに強くなりたいって訳じゃなくてさ……その……」
 これといって夢や目標が無い。ただ彼に恩を返す為、ついでに長い寿命の寂し紛れに友達作りをしてみようと考えてやって来ただけの生徒であること。他人に自分の身の上話をするのは初めてで、何となく気恥ずかしくて指同士をくっつけてもじもじしてしまう。
「あのねオズせんぱい。わたしにはこの鱗や魔石がどんなに貴重なのか全然分かんない。分かんないけど、オズせんぱいがこれを貰って助かるならあげられる時にあげたいし、またわたしの魔具が壊れたらオズせんぱいに直してほしい。だって、オズせんぱい、魔具や魔石に触ってる時とかすごく楽しそうだからわたしも嬉しくなっちゃうんだ」
 本当であればもっと明確な目的を持って魔具を扱えればいいのだけれど、自分の身さえ守れるくらい強くなれたらそれ以上の力は望まないし、親の仇である竜狩りを恨もうと思ったこともない。強いて言うなら自分が誰かの役に立てたのなら、それは十分幸福なことだと思う。その為に竜狩りにやられてやる自己犠牲精神は持ち合わせていないので御免ではあるが。
「専属じゃなくても、オズせんぱいにならいつでも鱗とか角の欠片とか魔石とかあげるからね! せんぱいは友達だから!」
 何を言おうか考えた末に捻り出した言葉をオズワルドに告げ、彼に魔具を預けたリファスは寮へ戻る為に別れを告げて走り去って行った。

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