初めまして、優しい人〈◇カルゼ〉

▼お借りした方
ユニたゃ
テオさん、オスカーくん


 その日はユニに新作の服のアイデアを見て欲しくて彼女の家を訪ねた。が、本人はいなかった。彼女の家族に聞けば一人で森へ出かけたのだという。彼女が一人で森を散策することは特に珍しいことではない。散策といってもすぐ帰って来れるような距離しか歩かないからだ。ウィグリドの森は広い上に奥はリーグ協会によって通行ができないようになっている。待っていればその内戻ってくる筈だ。
 しかし、それでも心配なものは心配だ。理由は勿論彼女の体のこと。突発的に眠りに落ちてしまう呪いのような体質故に、探しに行かずに待つという選択肢は無意識に除外しがちだ。こういうところが彼女を甘やかして自立を遠ざける要因たるものになるのだろうか。それについてはチルタリスのタフタからもよく指摘されている。
「タフタ、森へ行こう」
 ほら、まただ。と言わんばかりに彼女は嘴をカチカチと鳴らして高い声で訴える。
「そんなこと言わずに頼むよ」
 一番付き合いの長い間柄だからこそ何を言いたいのかも何となく分かる。心配し過ぎだ、待てばいい。アインやリコルだってついている筈だと。いい加減幼馴染離れというものをするべきなのだろうけど、今はそんなことを考えている場合ではない。
「……あ! カルゼちゃん」
「あ……」
 何とかタフタを宥めようと説得を試みていた時、聞き慣れた声に振り返りながらホッと胸を撫で下ろした。振り返るとぱたぱたと嬉しそうに駆けてきたユニの姿が近づいてくる。どこか走ってきたのか、髪が少し乱れているが目立った怪我はしていないようでひとまず安心した。手櫛で髪を整えながら会話で無事を確認すれば、少しだけ不安げに彼女の瞳が揺れる。ぽつぽつと紡がれた言葉を拾うと、紹介したい人がいるとのこと。自分の不調を訴えてこない辺り、本当に怪我はしていないようで今度こそ安心した。
 ユニが言っていた相手とは、後ろから息を弾ませながら追いついてきた優しげな好青年のことだろうか。どうしたものか、他者と話すのは嫌いではないが好きでもないし得意でもない。加えて表情も乏しいのでにっこりと笑みを作ることすらボクにとっては難しい。
「初めまして」
「……どうも」
 初対面の相手とはいつもこうだ。別段、相手に壁を作っている訳ではないが、どうにも表情と相俟って挨拶が素っ気なくなってしまう。けれども、テオと名乗った青年はボクの態度など気にも留めていない様子で。
 テオがにこやかに笑いかけるも肝心のボクは同じような表情を返せず、軽く会釈をするだけ。その時、タフタがつん、とボクの頭をつついた。愛想笑いすらできないのだから、せめてきちんと自己紹介をしろと言いたいのだろう。分かっている。
「ボクはウィグリドタウンのカルゼ。ユニ……その子を連れてきてくれてありがとう、テオ。丁度探しに行こうとしていたんだ」
 軽く礼をするとテオは「こちらこそ」と謙遜したように手を振った。聞けば彼は極度の方向音痴らしく、森で迷っていた時にユニと出会ったのだという。なんという偶然だろうか。
「ユニ、アインとリコルの姿が見えないけど」
 肝心のユニはというと、テオと話している間ずっとボクの後ろに引っ付いていた。首を動かしてこちらを見上げる彼女に尋ねると、おずおずとした答えが返ってくる。
「あのね……ボールの中……」
「ずっと?」
「……野生のポケモンに襲われて、怪我、しちゃって……テオくんが、手当てしてくれたの……」
「そっか……怖かったよね」
「ううん、テオくん達がいたから、平気だった……」
「そっか……怖くなかったのなら、それでいい」
 申し訳なさそうに目を伏せるユニの頭をやんわり撫でながら、傍に立つガラルのギャロップに視線を向ける。この子は察するにテオの手持ちだろう。進化系とはいえ普段から触れ合い慣れた同種族であればユニの不安も幾分か払拭できると考えてずっと出してくれていたのだろうか。どちらにしても必然的に偶然が重なったものだと心の中で小さく頷く。
「キミも、ありがとう。えっと……」
「その子はオスカーって言うんだ」
「オスカー……勇ましい騎士が駆る愛馬のようにかっこいい名前だね」
「そう言われると、なんだか擽ったいな……君のチルタリスは色が違うんだね」
「うん、卵の黄身みたいでしょ。タフタっていうんだ」
「ふふ、かわいらしい名前だ。もしかして女の子?」
「正解。ボクに対しては結構気が強かったりするんだけどね」
 タフタがテオの顔を羽毛で包んで挨拶をしている間に、オスカーにも一礼してお姫様ユニを護衛してくれた礼を言う。彼はボクの目を一瞥してから軽く鼻を鳴らし、テオのところへと戻った。本当はたてがみを少し撫でさせてもらいたかったけれども、人の手持ちなので伸ばしかけた手を引っ込める。あのパステルカラーの毛並みに触れたらいい刺激インスピレーションを貰えそうな気がする。
「じゃあ、ひとまずポケモンセンターへ行こうか。まずアインとリコルを診てもらわないと。テオも一緒に来て欲しい、ジョーイさんに状況説明をしてもらえると助かる」
 初対面の相手を信用することはあまりないが、ユニがボクに「紹介したい人」と言うくらい信頼を寄せて懐いているのだから悪意のある相手ではないのだろうと感じた。悪意どころか彼からは善意しか感じられない。きっと、見た目通りに優しい人なのだろう。それはオスカーの毛艶や表情を見ても一目瞭然だった。
 ポケモンセンターへ案内しようと一歩を踏み出すと、先陣を切ってタフタがついて来いと言わんばかりに羽毛の翼を広げて飛び立つ。それに続くようにボクはユニの手を引き、テオに付いてくるよう小さく手招きした。

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