マリみて二次創作『マリアさまのこころは誰がために』

【状況】
アニメOVA『子羊たちの休暇』の後日談です。
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 夏休みが明けた薔薇の館。
 その二階で机を挟んで対面に座り、書類とにらめっこをしているのは福沢祐巳と島津由乃。
 秋に開催される花寺学院の文化祭に関する準備で、薔薇の館は大忙し。

 それでもまだ二人しか来ていないのは、由乃が祐巳にどうしても聞きたいことがあったからだ。
 祥子さまがらみのことで教室でも聞きづらいし、かといって本人が居てもそれはそれで口を開くことができない。

 だから由乃は祐巳を早めに薔薇の館へと連れ込んだのだった。

「どうしたの? 由乃さん。さっきから私の顔をちらちら見て。何かついてる?」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃあ何?」
「えっと……夏休みが終わってからずっと気になってたことがあったんだ」
「気になってたこと?」
「うん。ちょっとこれ聞いていいか迷ってたんだけど、どうしても知りたくて。祥子さまがいる時だともしかしたらまずいかなーって思って」
 祐巳は扉の方へ視線を向ける。まだだれかが来る気配はない。
 目を通していた書類をトントンと揃えて脇へ寄せる。
 由乃の話しを聞く、という合図だ。由乃は「ありがと」と一言添えて、咳払いをする。
「夏休み、祥子さまの別荘に行ったわよね」
「うん。由乃さんたちも合流してくれたよね。嬉しかったなぁ」
「その後のこと、なんだけどさ」
「ああ……ゆかり様のパーティーのこと?」
「うん。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」

 夏休み、祐巳は祥子の別荘へと遊びに行った。
 祥子との楽しい一週間になるはずだったが、そこには祥子を慕うお金持ちのお嬢様も数名遊びに来ており、後から現れてあっというまに祥子の妹へと収まった祐巳への感情は、お世辞にも良いとは言えないものばかりだった。
 その際たるものが、西園寺ゆかり嬢のパーティーだったというわけだ。
 それ以前にも祥子を慕うお嬢様たちによって、祐巳と祥子の気分は害されて、せっかくの夏休みが他者の思惑で潰されていった。
 そんな中、令、由乃、志摩子、乃梨子が祥子の別荘へ集結し「それは罠だ」とみんなが祐巳たちを心配していた。
 結局、その日の夕方に令達は新幹線で予定通りに帰ってしまい、そこから事情の共有はなく今日に至るのだ。
 由乃以外の三人も皆心配はしているだろうが、行動力に定評のある由乃が口火を切った形になった。
「ねえ、祐巳さん。わたしさ、思いついたらすぐに行動したり口走ったりするから、このこと祐巳さんに聞くかどうか凄く考えたんだ。その上で今日は薔薇の館に早く連れてきたの。乱暴だったかもしれないけど、これはわたしなりの配慮……のつもり」
「そっか。どうりで早かったわけだ」
「ごめん」
「いいの。気を使ってくれてありがとう。凄く嬉しい。でも大丈夫だよ。もう終わったことだし」
「そっか。……よかったぁ……」
 由乃は紅茶を一口、口に含み、安堵と共に流し込む。
 もしあの一件で祐巳や祥子が不快な思いをし、それを引きずっていたらどうしよう、と考えたからだ。
「逆に秘密にしててこっちことごめんね。でも、由乃さんには先に話しておこうかな。傘の時も心配かけたし」
 祐巳は祥子と上手く行っていなかった時、無くなった傘を祥子になぞらえて凄く落ち込んでいたことがあった。それを由乃に励ましてもらったことがある。
 だから彼女もこれ以上由乃に迷惑をかけてはいけないと思ったのだろう。
 思慮深く思いやりがあり、慎重だからこそ、言葉に出すまで時間がかかってしまう。
 ゆえに他者からは、話しづらい雰囲気を作ってしまったり、言葉足らずで勘違いを生んでしまうこともある。これが紅薔薇の伝統なのだろう。
 猪突猛進の由乃とは相性が悪いようにも見えるかもしれないが、これまでの共有と信頼の積み重ねが、二人の友情を形作り、それが今に生きている。
「ゆかり様のパーティーね。西園寺家のおばあさまの米寿のパーティーだったの。柏木さんも瞳子ちゃんもいたわ」
「……それって、祐巳さんは知ってたの?」
「むしろ私と祥子さま以外の全員が知ってた」
「祥子さままで……!? ひどくない!?」
 声を荒げた由乃はカップの中身が溢れるぐらいの勢いでテーブルに手のひらを叩きつける。
「しかも参加者の皆さんはおばあさまへ演奏のプレゼントを準備しててね。まぁ祥子さまは知らなくても即興で演奏されてしまうから、恥をかくのは私だけ……って寸法だったんだよね」
「普通そこまでする!? そんなひねくれてる性格だから祥子さまの目にも止まらないって、なんでわからないかな!」
「まぁまぁ由乃さん落ち着いて。結果は悪くなかったんだから」
「そう、なんだ」
 勿体つけて話すとそのたびに由乃が激昂しそうだと悟った祐巳は、それとない結論を先に提示した。ちょっとだけ興が冷めてしまった、というような表情をした由乃だったが、いちいちなだめていたら祥子さまたちが到着してしまうだろう。
「それで? ピンチに陥った福沢祐巳さんはどうしたわけ?」
 落ち着いた素振りを見せていたが、スプーンでカップの中をくるくると回して先を急かす。
「歌ったよ」
「歌った……って、どういうこと」
「だからそのまんま。アカペラでマリア様のこころを歌ったよ」
「アカペラで……?」
「どうしたの? 由乃さん」
 由乃は信じられない、といった様子で祐巳を見つめる。
 祥子さままでとはいわないまでも、祐巳や由乃からしたらお嬢様、お坊ちゃまが大勢いるパーティー会場。
 そんな状況でアカペラなんか歌おうものなら、
「祐巳さん……よくそんな思い切ったことやったわね。あとで噂になったりとか考えなかったの? 私ならおっかなくて絶対できない」
「あはは……今思うとそうだよね。私程度の歌声なんて聞くに耐えないだろうし」
「いや、そこじゃなくて!」
「私、思ったんだ。おばあさま、他の人の演奏やプレゼント、嬉しそうじゃなかった」
 祐巳は西園寺のおばあさまの別荘を勝手に建て替えた家族のことを話した。
「そりゃそうよ! ひどい家族だわ!」
「まぁ……お家騒動って色々あるとは思うんだ」
「そ、そうね」
「だからおばあさまの心が開くことは難しいと思った。でもね」
「でも?」
「今日だけは楽しんで欲しいって思ったんだ。まわりにいる人たちはいつも見ている顔……だけど私と祥子さまは違う。紛れ込んだ厚かましいゲストだもん。だったら他のことなんて何も考えないで、私も楽しんで歌えばいいかなって。結果的に祥子さまも助けてくれて、おばあさまも喜んでくれた。だから色々あったけどいいかなぁって」
「祐巳さんさ、」
「なに?」
「心臓に毛が生えてるわよ、絶対」
「そうかな」
「そうよ。でも安心した」
「だから大丈夫って言ったのに。……でも聞いてくれてありがとね、由乃さん」
「祐巳さんの気持ちが落ち着くならなんでも聞いてあげるわ。あ、紅茶淹れなおすね」
 テーブルの上に2つの湯気が再び立ち上る。
「由乃さん。もう一つだけ聞いてくれる?」
「なに?」
「私、なんでこんなことが出来たんだろう? って自分なりに考えてみた。あの時逃げることも出来たし、頭を下げることも出来た。でも気づいたら動いてた。だけど、祥子さまのおばあさまの時ね、私すごく後悔したの。どうしてもっと”言葉”でお姉さまに聞かなかったのかって。どうしてもっと”行動”で自分の不満をぶつけられなかったのかって」
「祐巳さん……」
「だからもうあんな思いはしたくない。後悔をしたくなかったの。西園寺のおばあさまに楽しんでもらいたいって思ったのは本当。でも、半分ぐらいは自分が後悔しないためだったんだ。……私ってちょっと嫌な子かな?」
 本当の想いをぽつぽつと語る祐巳の瞳には少しだけキラリと光る。
「そんなことない、そんなことないよ……祐巳さん」
 由乃は祐巳の後ろへ回り込むと、両手で祐巳を抱きしめる。
「誰だって綺麗事の一つや二つ抱えてるよ。それを隠してもっともらしいキレイゴトを並べるんだ。それでも西園寺のおばあさまが喜んでくれたのは本当なんでしょう?」
「うん」
「だったらいいよ、なんでも。祐巳さんと祥子さまの歌はあの時間違いなく一番のプレゼントだったと私は思うよ」
 祐巳を抱く腕にちょっとだけ力が入る。
「ありがとう、由乃さん」


「あら祐巳、由乃ちゃん。早かったのね」
「祥子さま! それに令さまも!」
「お邪魔だったかな?」
「そ、そんなことありません! 今お茶を淹れますね」
「ありがとう、祐巳ちゃん。由乃、何話してたの?」
「別にー。私と祐巳さんだけの秘密の話」
「あら、どんなお話なの? 由乃ちゃん」
「さすがの祥子さまにも教えられません。だって――親友の秘密ですから」

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