『so difficult』(ラブライブスーパースター Liella! クゥすみ)

「うぃっすー。あ、すみれちゃん」
「千砂都。おつかれ」
「おつかれー。今日も一番乗りだね」
「まあね」
 別に狙って一番乗りをしているわけじゃないけど、最近はちょっとだけ気合が入っているのは事実だ。
 一応前回のライブでセンターを務めたからには私の評価を下げるわけにハイかな。だって私はこれからもセンターに立ちたいから。
「私もラップやってみようかなって思って。それで昨日動画で見てみたんだけど、やっぱり難しいよね。ラップバトル? っての見たんだけど瞬発力凄いよね。やっぱりちょっと習っただけの私には荷が重かったよ。その点やっぱり芸能経験のあるすみれちゃんはさすがだなって思ったな」
「ありがと。――でも、私もまだまだだって思ったわよ。っていうかやっぱり今までどこかスクールアイドルのこと、真剣になれてなかったのかも」
「すみれちゃん?」
「べ、別にっ! 私はショービジネスの世界で活躍してきた女優よ? スクールアイドルで頂点を目指すことに臆しているなんてこと、ないんだから。……でも私ならやれる、私ならいつか……って思ってた。それは認めるわ……」
 夏の暑さで照り返すコンクリート。
 そこに敷いたヨガマットからもじんわりとその熱が遅れて伝わってっくる。
 その上に開脚して座って片方の爪先目指して両手の指先をそこへと向かわせる。あと1センチが届かない。必死に足の親指を掴んでやろうと呼吸を集中させる。
 視線が自然と指先から足先へと向いて、押しつぶされそうになる肺から息が漏れて、ふくらはぎに感じる気持ちの悪い痛みと戦いながら1ミリずつゴールに伸びる指先を応援する。やった。
「ただアイツの言う通りよ。私は甘かったんだって。最後はいつも私じゃなくなる。そんなこと言って逃げ出そうとしていた自分がバカみたい。だってそうなる程度の努力しかしてこなかったから」
 足の親指をなんとか掴んで、私は過去の自分を呪うような声音で千砂都に吐き出す。
 ふくらはぎの気持ち悪い痛みは相変わらず消えないし、もっと体の柔らかい子もたくさんいる。
 掴んでも掴んでも、その先にある目標は掴みきれないほどあるんだ。
「それで最近すみれちゃんは練習に一番乗りなんだね」
「そうね」
 今までの私だったら照れてしまってきっと変な言い訳をしていたに違いない。
 掴みたいものはあるのに、努力しているところを見られるのがあんまり好きじゃなくて。
 あのときだってそうだ。
 あいつはこっそり私の練習を見ていてくれて、それ対しても攻撃的なことを言ってしまった。
 どこか私は泥臭く練習することが、華やかではないって考えていたのかもしれない。
 本当に恥ずかしいことだ。
「ラップの才能って、常に求められることじゃないのよね」
「どうしたの?」
 私のとなりに黄色のヨガマットを敷いて開脚前屈を始める千砂都。
 屋上の熱が伝わりにくいように私より厚手のものを準備してるあたりさすがだと思った。
「かのんは歌。千砂都はダンス。恋は華があって、あいつはスクールアイドルへの熱意を熱狂に変えれる。私は確かに今回のラップはたまたま出来たかもしれないけれど、常に要求されるものかと言ったら違う。……他を見たらある程度出来ても突出してみんなに叶う要素がない」
「でもすみれちゃんのラップのお陰で結果が残せたじゃない。今回はすみれちゃんのセンターが必須だったと思うな」
「そうかもしれない。でもそれはたまたまお題がラップだったってだけで。今も私がみんなの得意分野から見たら届かないのは分かってるのよ」
 私はようやく捕まえた自分の足先をぐっと掴む。
 もっと確実に、もっとみんなの役に立てるスクールアイドルになるために。
 だからこんなの簡単に届かないといけないんだ。
 もっと、もっと――がんばらないとっ!

「あ~! 今日こそ一番ノリかと思ったらまーたすみれですか!」

「うぃっすー! クゥクゥちゃんも早いね。まだみんな揃ってないから二人で先にストレッチ始めちゃってた」
「そうでしたか。千砂都も早いですね。さすがです。……ところですみれ、」
「なによ」
「まーたグチグチどうでもいいこと話していたんですか?」
「な、なによ! 盗み聞きしてたの!?」
「キサマにそれを言う資格があるのですかー?」
「……っさいわね」
「まったく、」
 そして私の前にマットを敷くとこいつもストレッチを始める。
「歌もダンスも華も熱意もまーったく足りないあなたでもLiella!のメンバーなんです。もっと自信を持ってくれないと困ります」
「ひどい言いようね……」
「あったりまえです。この間のことで有頂天になっているあなたにカツを入れに来たんです! まーあなたのことですから、ショービジネスがどうのこうのって言うつもりかもしれませんがそうは問屋が卸さないのですよー! 私がビシバシ鍛えてやりますから覚悟してスクールアイドルに臨むのですよ!」
「わかってるわよ。クゥクゥ」
「なっ!?」
「どうしたのよ? 教えてくれるんでしょ?」
「なっ、なっ、なっ……!」
 不思議なものを見るような目、というより初めて出会った人間が実はおかしな人だったみたいな視線を私に向けると、こいつは千砂都のそばに寄って「すみれは暑さでおかしくなったのですか?」などと失礼なことを平然と聞いていた。
「聞こえてるわよ―」
「今は千砂都と話しているんです。千砂都、今日のすみれはオカシイです。なにかあったですか?」
「ふふ♪ 別に。なにもないよクゥクゥちゃん」
「……そうですか? すみれがこんなに素直なのは怪しすぎます。きっと雪が降ります」
「真夏の8月に降るわけないでしょ」
「素直なすみれはやっぱりオカシイです」
「私が素直じゃダメなの?」
「ダメです」
「真面目にスクールアイドルやれっていったのはあんたでしょ!」
「それはそれ、これはこれです。……それに、すみれが正直だと調子が狂います」
「無茶苦茶ね、あんた。でもさ、」
 私は立ち上がるとマットをたたむ。
 もう十分に体がほぐれて、軽やかに動き出せそうな気分だ。
 私はクゥクゥを見下ろすと、
「感謝してるわよ」
「な、なんですか! 急に!」
「私がちゃんと練習に来れるようになったのもあのLIVEがあったから。正直ちょっとラップが出来たぐらいで、センターの自信なんてなかった。怖かったのも事実。それで結局逃げ出しちゃってわかった。ああ、私は別にショービジネスの世界でも生きていなかったんだなって。だってそうじゃない。その世界で自信を持ってやっていたなら、たとえ端役だって誇れたはず。なのに自分の望む結果を得られないからって腐るところだった。だから本当にあんたには感謝してるのよ、クゥクゥ」
「え、ちょ、すみれ!? やめてください! 千砂都が見ています!」
「あ、いいの。続けて続けて」
「ちょっと千砂都! スマホしまってください!」
「今度のプロモにいいかなって思って。ほら、友情的な?」
 バタバタと千砂都のスマホを取り上げるクゥクゥを見て思う。
 ああ、私はこいつのこんなところにも助けられてるのかもしれないなって。
「と、とにかく! 私はただLiella!のクオリティを上げるために判断しているだけです! 前回はたまたますみれが適役だったにすぎません。悔しかったらもっと歌とダンスを磨いてください。ストレッチだってもっと伸ばせるはずですよ」
 そう。
 もっと伸ばせるんだ。
 一人じゃ届かないって思っていたモノも、みんなとなら届く。
 私はそれをLiella!で知った。
 ……こいつに教えてもらった。
「それじゃあクゥクゥ。私の背中押してくれる?」
「なんで私が!?」
「だってもっと伸ばせるんでしょ? 私ひとりじゃ限界があるもの。これもLiella!のためなんでしょ?」
「うぅぅ……」
「押してあげたら? かのんちゃん達が来るまでまだ時間あるし。あ、私タオル忘れてきたから取ってくるね」
 千砂都はマットをたたむと走っていく。
 カンカンカンっ……と階段を駆け下りる音が小さくなっていく。
「ありがと」
「べ、べつに! ただ私はすみれにもっと早く上達して欲しいだけですから」
「そうね、あんたは結果が出ないといけないものね」
「だからそれはすみれが心配することじゃないと、なんど言ったら分かるのですか」
 だけど私の背中を押すこいつ力はどこか弱くて、その小さい手のひらをギュッと握ってやりたいぐらいに声はかすかにだけど震えている。
 一日一日、こいつのタイムリミットは近づいているのだ。
 だけど私は思う。
 私を救い出してくれたこいつと。

 クゥクゥと。

 一秒でも一緒にいたいって。
 スクールアイドルでいたいって。
「別に私が何を目標に頑張ってもそれこそあんたの気にすることじゃないでしょ。私はただラブライブに勝ちたいだけ。勝って私の才能をみんなに知ってもらうの。あんたの帰国阻止なんてついでなんだから。ま、私の溢れる才能が開花したらあんたは嫉妬して国に帰っちゃうかもしれないわね。そしたらお土産にサインぐらいはしてあげるわよ?」
「ソッコーで燃えるゴミです」
「だからあんたこそ余計なこと気にしないの」
「べつにすみれを気にしているわけじゃ」
 さっきと言ってること逆じゃない。
 でも。
 そんなところも可愛いなって思っちゃうのよね……悔しいけど。
「はいこれ」
 でも、この照れ隠しの癖は治したいのよね。
「またお守りですか」
「悪い?」
「すみれからもらったので部屋が溢れかえりそうなのですが。それにこれは効果がないのでは?」
「たくさん集まればもしかしたら」
「まったく。いつになったらその効果とやらがでるんですかね。まあもったいないので貰っといてやりますが」
 こいつはいつも口ではそう言うのに、それを大切そうに両手で包み込むように大事に持ってくれるのよね。
「とにかく一に練習、二に練習です! お守りを集めても上達はしませんからね!」
「わかってるわよ」
 それから千砂都が戻ってきて、みんなが揃うまでストレッチを続ける。
 その間もずっとこいつは私のことをあーだこーだと言ってきたけど、それはなんだか心地よく私の心に染み渡るようになっていて。
 だけどそれをクゥクゥに言葉で伝えるのにはまだ気持ちの整理がつかないというか。
 なので結局私はしばらくのあいだ、お守りに頼ることになるのかもしれない。
 強くなるのって難しいわね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?