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佐藤和子『「時」に生きる イタリア・デザイン』が読まれる理由。

『Spazio』という雑誌があった。ぼくの書棚にも何冊かある。

1970年、日本オリベッティがスタートさせた魅力的な内容の雑誌だった。須賀敦子のエッセーも、ここで連載されていた。記憶が曖昧だが、『Spazio』の編集をしていた鈴木敏恵さんが須賀敦子の才能に目をつけたとのエピソードを読んだ覚えがある。

雑誌の内容はイタリアやヨーロッパの文化を中心としており、都市史が専門の陣内秀信さんも常連の1人だった。下の画像は1991年のNo43の目次である。

『Spazio』1991年 No43の目次

しかし、以下をみると、日本オリベッティを継いだNTTデータ ルウィーブで電子版となり発行が継続されていたが、2011年に廃刊になっている。

実は、このクオリティの高い雑誌を編集していた鈴木敏恵さんがつくった単行本が佐藤和子『「時」に生きる イタリア・デザイン』(三田出版会)である。イタリアのデザイン史を1900年代前半から1990年のはじめまでを追った1995年出版の本だ。社会の動きとデザインの動きがよく描けている。殊に1960年代からはリアルだ。

『「時」に生きる イタリア・デザイン』

佐藤さんは1961年、女子美大卒業後の東京藝術大学専攻科在学中にイタリア政府給費学生としてミラノのブレラ美術アカデミーに留学。その後、インダストリアルデザイナーとして活動。1980年からは雑誌『ドムス』や『インテルニ』などでジャーナリストとして仕事をした人だから、1960年代以降の描写は現場で見ていることが多い。

ぼくは、イタリアのデザインについての入門編として、かなり多くの人に「まず、この本を読んで全体の流れを掴んでみてください」と勧めてきた。そうすると、「こういうことだったのですね!」との明るい返事がくる。イタリアのデザインヒストリーについて有名な作品を紹介していく本は数多くあれど、その作品が生まれた背景も含めてざっくりと分かる日本語の本は少ない(イタリア語においても豊富とは言い難いかもしれない)。

ぼくが、この本を手にしたのは1995年か翌年だったと思う。

そもそも三田出版の社長からいただいたか、自分で書店で買ったか覚えていない。三田出版とは今はないコピー機の三田工業がもつ出版社で、そこの社長はかつて日本オリベッティの広報にいた方だった。即ち、ぼくは、オリベッティの広報で『Spazio』を出し続け、三田出版に移った方とおつきあいがあったのだが、オリベッティの文化育成事業のDNAは三田工業の出版社に転移されたと理解していた。

1998年、三田工業は民事再生法を適用し、京セラグループに入り、出版事業は1999年、出版文化社に譲渡されたとWikiにある。そして2001年からは阪急コミュニケーションズが『「時」に生きる イタリア・デザイン』を扱っていた。だが、阪急コミュニケーションズの事業は2014年、CCCメディアハウスに譲渡されたようだ。

事業が必ずしも順調ではなかった出版社と流通の変動の荒波にもまれてきた『「時」に生きる イタリア・デザイン』であるが、2024年1月13日のアマゾンの売れ筋ランキングをみると90,069位。こんなにも不遇なビジネス環境にありながら、この順位は上等だ。

イタリアのデザインの流れを知りたい人がそれなりに存在する現実を物語っているのではないか?とも考える。

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