見出し画像

フェアリープロブレムの創作過程

チェスプロブレムを作っているということを話すとしばしば訊かれる質問が、「どうやって作るのか」ということに関するものです。ここでは、対象をフェアリーに絞ってその手順の一端を書いていきたいと思います。
題材はこちらです。

H. Maeshima, ded. to Anirudh Daga
The Hopper Magazine (6), 2024

Einstein Chess, S#2vv (8+10)

条件はEinstein Chess、設定はS#2で、2つのTryがついています。
Einstein Chessとは、ある駒が駒を取らずに動くとQ→R→B→S→Pの系列で変化し、駒を取って動くとP→S→B→R→Qの系列で変化するという条件です。つまり、上記の盤面でいえば、白のRc3がc3->c7と動くと、そのc7地点でBに変化するということです。また、Rf5がf4の駒を取ると、そこでQに変化します。(これらをそれぞれ、Rc7=BやRxf4=Qと書きます)
S#2はセルフメイトの2手なので、黒の2手目の手が白Kを強制的にチェックメイトするような手順を探します。
Tryは紛れのことで、「ある一つの黒の手のみで失敗するような白の初手」のことをいいます。
解は記事末に記載します。


過程① アイディアの源泉

このプロブレムを作る原点となったのは、「EinsteinChessでストラテジックなプロブレムは作れるか?」という疑問でした。EinsteinChessは駒の性能が変化しますが、その性能変化は非対称であり(※1)、ストラテジックな作品にするには難しいと考えたためです。
(※1) 駒変化の系列で、たとえば駒取りをするとB→R、S→B、P→Sというように変化しますが、これはそれぞれ「線駒が線駒のまま効きが変わる」「Leaperが線駒になる」「ポーン(特殊な動きの駒)がLeaperになる」という変化であり、非対称な変化です。

そのことを考えるうち、「EinsteinChessでNovotny Captureを行うとGrimshawではなくDoublingが発生する」ということに気づきます。どういうことかというと、通常のチェスではBとRの交点の駒を取ると効きが遮断されますが、EinsteinChessでは(B→R、R→Qという変化により)効きが強化されることになるということです。

模式図を以下に示します。通常のチェスであればBxd3もRxd3も、もう一方の駒の効きを閉ざしています(Grimshaw)が、EinsteinChessではBxd3=RもRxd3=Qも、もう一方の駒の効きを強化しています。同じ駒の効きを重ねることをDoublingというので、これはReciprocal Doublingというべきモチーフになっています。

模式図

さて、この発見をもとに作品にしていくわけですが、どのように作るのが良いでしょうか。ここで考えたことは、Grimshawは通常はダイレクトメイトの黒番のモチーフとして現れるということです。つまり、黒が駒を取ってしまい、Grimshawが作られることが黒の不利に働いて白が目的を達成できるというモチーフになります。
同様に考えると、黒が駒を取ってしまい、Doublingが作られることが黒の不利に働くような設定は何でしょうか。
勘の良い方であればお気づきのように、それはセルフメイトになります。

過程② アイディアの実装

ここまでで、アイディアとそれを表現するための設定が定まりました。このあとは実際にうまくいくように(つまり、単一の解を持つように)図面に落としていく作業になります。
いったん作られた図面が以下です。

Original (Unpublished)

S#2 (7+10)

1.Bc5=S! (2.Sxd3=B+)
1…Bxc5=R 2.Be5=S+ Rxe5=Q#
1…Rxc5=Q 2.Be3=S+ Qxe3#
上記の図面はプロパラ会で内々に紹介していたものではありますが、最終形とすることは避けていました。なぜかというと、明確なキズがあるためです。
上記の図面で、もし黒番だとすると1…Bf2=S+というチェックがあり、このチェックに対しては白は2手で目的を達成することができません。このようなチェックをUnprovided Checkといい、特に短手数作品では致命傷です(※3)。
(※3)個人的には、長手数作品でもUnprovided Checkがあるものは作らないようにしています。

ということで、上記作品は2年ほど放置していました。

過程③ 別のアイディアとの融合

上記作品を再度取り出してみようと思ったきっかけは、Shinkmanの以下の作品を見たことです。

William Shinkman, La Strategie, 1877

S#3 (11+6)

1.Qg7!
1…Bxc7 2.Kf6+! Kxa1 3.Ke7+! Be5#;
1…Rxc7 2.Ke5+! Kxa1 3. Kd6+! Rxg7#

ここでは通常のセルフメイトですが、黒の手はBxc7とRxc7に限定されており(ツークツワンク)、Grimshawとして働いています。 このようなツークツワンクによる駒取りを使えば、EinsteinChessでもUnprovided Checkなしに実現できるのではないかと考えました(※4)。
(※4)私は通常、他の作品からアイディアを思いついた時は、投稿時にそのことを明記しています。

そうして図面を作っていくと、比較的簡単に主要部分は作ることができました(発表図でいう、d5とd3からチェックをかけて黒に取り返させるところ)。
おおよその模式図としては以下のようになります。

過程④ Tryの導入

さらに、機械検討を行うと微妙に逃れている紛れもいくつか見つかったので、それらを正式な紛れに昇格させることにしました。
全体構成のアイディアは以下のようになります。

ある図面から1手(A,B,Cのいずれか)指した局面において、黒はツークツワンクで2種類の手a,bしか指せない。このとき、

  • 紛れAでは黒がaを指すとCで白が目的を達成できるが、b!で逃れる。

  • 紛れBでは黒がbを指すとDで白が目的を達成できるが、a!で逃れる。

  • 解Cでは黒がaを指すとE、bを指すとFでそれぞれ白が目的を達成できる。

パターンプレイともいえないような簡単なChanged Mateですが、自然に組み込めそうだったため導入することとしました。

結果として、ひとつの紛れと解で同じ黒の手に対して初手と2手目が入れ替わることとなりました(※5)。このような紛れの特徴はおまけのようなものです。
(※5) Salazar Reversalといいます。Salazarに関してはより限定された定義を用いる流派もありますが(Direct BatteryとIndirect Batteryが入れ替わることを条件とする)、ここでは広義の定義を用いています。

過程⑤ 最終図

最終図としては以下のようになりました。(冒頭の再掲です)

H. Maeshima, ded. to Anirudh Daga
The Hopper Magazine (6), 2024

EinsteinChess, S#2vv (8+10)












1.Rxd3=Q? A
1...Rxb5=Q a 2.Sf1=P+ C Qxd3#
but 1...Bxb5=R! b
1.Rxf6=Q? B
1...Bxb5=R b 2.Sxd5=B+ D Rxd5=Q#
but 1...Rxb5=Q! a
1.Sf1=P! C
1...Rxb5=Q a 2.Rxd3=Q+ A Qxd3#
1...Bxb5=R
b 2.Rxd5=Q+ E Rxd5=Q#

ちなみに上記の図面には細かいこだわりがいくつかあります。

  • 通常のチェスにおいて、ナイトは元の効きを保ったまま動くことができません(たとえばc3にいるナイトは8か所の効きを持ちますが、そのナイトが動くともともとの8か所への効きがすべて失われます)が、EinsteinChessでは可能です。それが1.Sf1=P!(あるいは紛れの中の2.Sxd5=B+)として現れており、g2の効きを保ったまま移動できています。

  • 白のRc3はメイトに関係しない変化においてはセルフブロックとして働いています。

このようにして全体を構成するまで、最初のアイディアからはおよそ2年ほどかかっています。楽しんでいただければ幸いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?