「9月入学」の議論について

 「9月入学」の議論が勢い盛んになっていますが,この件について静岡県立浜松北高校の駒形一路先生がご意見を寄せてくださったので紹介させて戴きます。

 「9月入学」が取りざたされているが、記憶に残っているのは8年前、2012年の東京大学濱田純一前総長による「秋入学」の提言だ。学内外の反対で実現には至らなかったが、東日本大震災の翌年とはいえ「平時」における問題提起だ。ただし、この構想は大学合格後、入学前に「ギャップターム」の導入を企図した大学の学事暦への限定的な提案に過ぎず、小学校・中学校・高校までを巻き込もうとしてはいない。(「9月入学 幅広な議論を『今は子ども第一に』東大で提唱 浜田前学長に聞く」日本経済新聞2020.5.02)
確認しておく。発端は入試改革に翻弄され、さらにコロナ禍の渦中で自身らが受験する令和3年度入試が不透明なまま、休校措置が長引いている高校3年生当事者の訴えだ。  
 学校は授業(教科学習)を提供するだけの場ではない。高校現場に身を置く人間として二度とは戻らぬ貴重な時間・空間を一日一日と奪われ続けることへの切実な声は身に沁みる。しかし、これを「9月入学」を論じる契機とすることは間違いだ。
 高校生の訴えに乗る形で全国知事会は4月末に発出した緊急提言のなかで、あたかも特効薬であるかのように「9月入学」を俎上に載せた。「前広に」関係部署が動き始め、早くも具体案まで示されている。しかし、論じるべき「時」は、今ではない。
 ただでさえ専門家の発言に耳を傾けなかったことによる失策が続く。大学入学共通テスト英語への4技能民間試験導入、国語・数学への記述式問題導入の頓挫から半年も経っていない。
 巷間には9月入学を「拙速に」扱う危険を訴える論考が並ぶ。例えば、以下の各氏は、令和3年度入試の危機を回避するための具体的な方策も述べており、示唆に富む。
○静岡大学 教育学部 英語教育講座 亘理研究室ブログ
・「[雑感079]9月入学論がなぜ今、筋違いなのか」
静岡大学教育学部准教授 亘理陽一氏(5.17)
亘理氏インタビュー「コロナ禍の教育」は同日の中日新聞にも
○朝日新聞EduA Web版「9月入学是か非か」連続インタビュー
・「高3生には特例措置を、一般入試至上主義が変わる可能性」
駿台教育研究所・石原賢一氏(聞き手・柿崎明子5.08)
・「感情論からの入試制度変更に失敗の歴史」
代々木ゼミナール・坂口幸世氏(聞き手・中村正史5.16)

 特定の一部を除く多くで緊急事態宣言が解かれ、学校活動が再開されつつあるが、一刻も早く令和3年度入試の概要を明らかにするよう、重ねて強く求める。各高校は、通常日課への7限追加・土曜授業・長期休業短縮等、学習の遅れを取り戻す施策を講じているが、一つの「ゴール」と言える入試時期が不明確なままでは、隔靴掻痒の感は否めない。
 朝日新聞の報道によれば、文部科学省は5月15日になって小中高いずれの校種でも最終学年以外では学習内容を次年度以降に繰り越す特例を認めた。高校入試については、先立つ13日に学習状況を踏まえて出題範囲を狭めるなどの対応を全国の教育委員会等に提案した。大学入試についても、14日には総合型選抜(旧AO入試)と学校推薦型(旧推薦入試)において、「多様な選抜方法の工夫」と配慮を全国国公私立大学に求めたが、それぞれの実施時期については、萩生田文科大臣が「遅らせる必要がある」と4月の会見で触れたきりだ。また、センター試験に替わる大学入学共通テストは、1月16・17日に向けた準備が最終段階である旨、15日の衆議院文部科学委員会で伯井美徳文科省高等教育局長が発言している。萩生田大臣は履修が不確定な分野を選択問題にする等の私案も含ませたようだが、伯井氏は「作り直すのは極めて困難」と述べた、とある。
 一方で従来通りの入試日程の準備を進め、一方で来年度からの9月入学導入を臭わせる。コロナ禍に乗じ、熟議を避けて強行に走る行為を「火事場泥棒」と称する向きもあるが、9月入学もその類いと言えよう。今、論じるべきことではない。
 感染の第2波第3波への備えと平行しつつ行うべきは、まずは「日常」の回復だ。新年度大学入試は、本レポート(その2)で述べたように、また、上掲論考内で駿台・石原氏が述べるように、入試日程を例年より若干遅らせたうえで大学の入学時期で調整するにとどめる「弥縫策」で乗り切るのが得策だ。これ以上の社会的混乱を招くべきではない。


 以上が駒形先生の論考です。折角の機会ですので,私見も提示させて戴きます。

 いま論ずるべきは「9月入学」などの大きな枠の変更ではなく,今年度の教育を十全に提供するにはどのような可能性があるか,来年の入試を公平・公正に実施するにはどのような方法が可能であるか,といった目の前の生徒の不安を払拭することである。拙速に「9月入学」に移行すれば,さらなる困難を招き,生徒の犠牲をより大きくしてしまう。
 5月中には緊急事態宣言が全国的に解除される見通しである。そうすれば,6月からは徐々に学校の授業も再開されるだろう。その授業を生徒や保護者に不安を抱かせることなく実施する方法を早急に策定する必要がある。教員の増強が必要であるが,例えば2部に分けて少人数で授業を行うことなどを検討して欲しい。
 入試については,まず,1月に共通テストを実施することは不可能である。3学期の授業も3月中旬まで実施することで高3の授業時間も十分に確保できるだろう。そこで,来年の大学入試は3月末以降に実施することを提案する。
 「3密状態」を防ぐために各大学の入試を複数回に分けて実施することが必要になると思う。そうすると,日程的に共通テストの実施は極めて困難となる。コロナウィルスの混乱とは別にも新テストには未解決の問題が多数残っているので,この際,来年度の共通テストは中止することが適当である。
 3月末〜4月末で入試を実施すれば,例えばGW開けには入学可能であろう。そうすれば,大きな日程の変更なく来年度の大学の授業も遂行できる。今年度の授業も現時点では1〜2ヶ月遅れて進行しているのであり,その程度の遅れは十分に調整可能であり,再来年度からは例年通りの日程の戻すことが出来るだろう。
 さらに付言すれば,再来年度以降の共通テストもセンター試験の形式に戻すことが適当である。「大学入試のあり方に関する検討会」の議論も深まっていないので,形式を変更するにしても新学習指導要領の下で実施される2025年度の大学入試からにするべきである。(文責:吉田弘幸)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?