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分断を越える文化人類学者たち【書評】

ここで紹介する書籍『社会問題と出会う』*1には,フィールド調査から見えてくる社会問題と,主に文化人類学の研究者たちが,そうした社会問題にどのように向き合っているか,という2点が取り上げられている.日本各地,アフリカや北米などで調査をする11人の研究者が,それぞれがどのような社会問題に直面し,どのような視点からそうした問題を見て,研究者としてどのような行動をとったかが,論文調のエッセイで綴られる.


研究者たちが社会問題と出会う

取り上げられている社会問題のいくつかは非常に切迫している.たとえば,経済格差を背景にした,台湾の男性と東南アジアの女性のあいだの,仲介業者を通じた商業的な国際結婚は,「人身売買」という批判にさらされ,言葉も文化も違う異国の地にひとり娶られた外国人妻は,地域社会から不信の目で見られ,夫やその親族から受けた虐待を隠蔽される場合もある.ケニアの伝統的な「妻相続」の慣習は,エイズの原因となるウイルス (HIV) の伝染を助長する悪習とみなされ,新聞で否定的に取り上げられるなど,社会から批判を受けた.調査地で家族同然の親しい関係にあった現地関係者が,エイズと思われる病で次々と亡くなっていった壮絶な状況も描写されている.

文化人類学者たちは,そうした社会問題に出会ったとき,調査地での地道なフィールドワークを通じて,たとえまったく同じ出来事を前にしていても,それを捉える視点は,立場や背景が異なる人びとのあいだで大きく異なることを明らかにしていく (つまり,視点を相対化していく).あるひとつの視点に立ってただ問題を糾弾するのではなく,そうした問題が生じてきた社会的・文化的背景をまずは理解し,社会問題に関わるさまざまな立場の関係者の言動を観察して読み解く努力をする.その結果,たとえば,台湾の商業的国際結婚を批判する言説には,政治的な正しさだけでなく,ローカルな結婚観に根ざした理想が現実と齟齬をきたしている側面が関係していたり,ケニアの妻相続では,社会からの批判がありつつも,そうした習慣は生活や文化の現実と切り離せないものであることが明らかにされる.


社会問題とは分断なのかもしれない

そもそも社会問題とは何か? と考えたとき,本書を通じて浮かび上がってくるのは,「分断」というキーワードである.政治や医学の問題について,異なる立場にある人びとが異なる見かたをし,異なる視点を持つ他者への理解が十分になされていない,すなわち分断が生じていると,そうした問題は社会問題と呼ばれるようになる.分断は,自然保護区を設定した政府と地元住民,肥満の状態にある人びととそれを問題視する現代社会,あいりん地区のホームレスとそれを調査する研究者自身,といったさまざまな関係のなかに生じ得る.

本書に文章を寄せた文化人類学者たちは,異なる立場にある人びとの思いを参与観察によってすくいあげ,視点の相対化というスキルによって,分断の実態をひとつひとつ明らかにしていく.しかしその過程は,大変な労力のかかる泥臭いものである.調査者自身も異なる視点のあいだで悩み,葛藤し,ときに手痛い失敗をしながら,さまざまな社会問題にすこしずつ肉薄していく.こうした,フィールド調査にまつわる苦労や障害,そしてそれぞれの研究者がどのようにそれらを克服したか,といった研究の過程がいきいきと描かれている点も,本書の白眉である.このようなストーリーは,論文であれば「調査方法」のセクションの簡潔な文章のなかに塗り込められてしまい,通常は読者の知り得ない部分である.


研究者には何ができるか

社会問題を前にしたとき研究者に何ができるか? ということを考えるうえでも,本書に取り上げられた事例は興味深い.たとえば,エイズが猛威をふるい,人びとが次々に亡くなっていく状況を前に,研究者はその過程を記述するだけの観察者にしかなり得ないのだろうか?

切迫した社会問題を前に,ある者は,自らを研究者であると同時に実践者としても位置づけ,日雇い労働者の支援や,ナラ枯れに荒廃していく森林の整備を試みる.ある者は,研究者の武器である知識と文章を活用して,異なる視点から問題をとらえている他者が存在することを一般の人びとに対してわかりやすく提示し,分断をすこしでも埋める手助けをしようとする.社会問題において,研究と実践は明確に区別できるものではなく,研究によって得られた知見によってより有効な実践が可能になったり,実践という視点を加えることで研究の厚みが増したりする.

昨今叫ばれている研究者の就職難に対しても,本書はなにかしらのヒントを与えるのではないかと私は考える.現代社会で起こっている問題は複合的で,単一の視点からは有効な解決策を提示できない場合が多い.異なる視点から問題をとらえる者どうしは反発しあい,異なる他者がどうしてそのような視点で問題を見るのかを理解できない.視点の相対化とその記述というスキルに長けた研究者は,そうした分断の実態を明らかにし,本質的な問題解決のための土台を提供し得る.こうした研究者の力は,金銭的な利益に直接的に結びつくわけではないかもしれないが,ますます複雑になっていく現代社会において,今後確実に必要とされてくるものではないだろうか.

(執筆者: ぬかづき)


*1 白石壮一郎, 椎野若菜 (編). 2017. 社会問題と出会う (FENICS 100万人のフィールドワーカーシリーズ 第7巻). 古今書院.

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