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おち◯ちんの進化

いつだったか,男性向けのアダルト雑誌を読む機会があったときのこと,ペニスを大きくする薬だったか何かの広告が載っていて,驚いたことがあります.え,大きくするの…?? 思い返してみれば,小学校の休み時間,男子たちが,各自のおち◯ちんの大きさについて言い合っていたこともありました.そういえば,巨根を祀る神社も各地にありますね.ペニスの大きさは,男性にとって重要な関心ごとなのでしょうか?


比較ペニス学*1

実は,チンパンジー,ゴリラ,オランウータンといった近縁な大型類人猿のあいだで比べたとき,ヒトの男性はひときわ大きなペニスを持っていることがわかっています*1.ゴリラやオランウータンのペニスは細く短く,勃起したときでもそれぞれ3 cmや4 cmの長さしかないのだとか.普段は体毛に隠れており,ほとんど目立ちません.チンパンジーのペニスはそれより長く,勃起したときで8 cmくらい.ただし,細いですし,普段はあまり目立ちません.

一方,ヒトのペニスは,勃起したときで11-15 cmくらい.ほかの大型類人猿のそれに比べて大きく,普段からぶらぶらと目立つ点が特徴です.どうして,このような違いが生じたのでしょう…?


比較睾丸学

その理由を述べる前に,睾丸,いわゆる「たまたま」の大きさについても見てみましょう.体重に対する睾丸の重さの比を比べてみると,ゴリラ0.017%,オランウータン0.048%,チンパンジー0.269%,ヒト0.079%と,チンパンジーが突出しています*1 *2.


個体間の関わりとペニスと睾丸

これらの違いを読み解く鍵は,それぞれの種の個体間のかかわりと交配様式にあります.いつでも性交可能なオスは,妊娠や授乳をするメスに比べて,過剰供給の状態にあり,メスをめぐってオス同士で競合することになります.

ゴリラやオランウータンがとることになったのは,体の大きさでほかのオスを圧倒する戦略です*3.いったん体の大きさでほかのオスに勝ち,メスを独占してしまえば,確実に自分の精子でメスを妊娠させることができます.子孫を残すのに必要な精子の量 (性交・射精の回数) も少なくて済み,精子を生産し貯めておく睾丸が小さくても問題はありません (参考: 声道と精巣 (Calls and Balls)).

それとは違い,チンパンジーは,体の大きさというよりは精子の量 (性交・射精の回数) で,ほかのオスと競合する戦略をとることになったようです.チンパンジーのオスには優劣関係があり,上位オスほど性交のチャンスも大きいのですが,多数のオスメスが入り乱れる大きな群れで暮らしているため,上位オスであってもすべてのメスに監視の目を行き届かせることはできません.そのため,できるだけ多くのメスとできるだけたくさん性交をすることが有利な戦略となります.大きな睾丸でたくさん精子を生産・貯蔵しているわけです.

また,チンパンジーのメスは,約1ヶ月周期の排卵サイクルのなかで,発情期には,性皮 (ヒトの大陰唇と同じような部位) が大きく腫れあがります*4.こうして腫れ上がった性皮を通じてペニスを挿入するには,ある程度の長さが必要で,それゆえチンパンジーのペニスは,ゴリラとオランウータンに比べて長いものと論じられています*1.


ヒトの場合は!?

さて,おまちかねのヒトの場合です.まず,体の大きさを見たとき,ゴリラやオランウータンほど男女の差が大きいわけではありません.また,相対的な睾丸サイズも,チンパンジーほど大きくはありません.これらのことが示唆するのは,女性をめぐって男性が競合するとき,ヒトがとることになったのは,体の大きさで勝負する戦略でもなく,精子の量で勝負する戦略でもなかったということです.

論文*1のなかでは,そのかわりにヒトがとることになったのは,つがいをつくるという戦略だったと論じられています.特定の男女のむすびつきが長期間にわたって持続し,多数の男女が入り乱れる社会のなかで,女性をめぐる男性の直接的な競合がおこりづらくなっているのではないかということです.ヒトがつがいをつくる種であることはたしかなようですが,しかし,どのようにしてそうした特徴が進化してきたかに関しては,現在も研究がつづけられています.

ヒトの大きなペニスは,男女ともに性交を通じた快楽をより感じやすくさせ,つがいの維持に役立ったかもしれないと論じられています.また,目立つため,ほかの男性に対する威嚇の役割も担っていたかもしれないとも論じられています.ただし,こうした議論が正しいのかどうかに関しては,現在もなお研究がつづけられています*5 (参考: ち◯こ野郎の思い出【人類学者の日常】).


おわりに

今回紹介した論文は,1979年に発表されました.大型類人猿のあいだで生殖器や体のサイズを比較し,それぞれの種の社会構造や進化と結びつけて論じた先駆的な論文です.しかしその一方で,特にヒトの社会構造と繁殖様式の議論において,証拠にもとづかない推測もちらほら見られます.また,学問が男性によって営まれてきた時代の流れをひきずっているのか,男性中心の視点があるようにも感じます*6.

自分のことはなかなか客観視できないといいますが,人類学者にとっても,ヒトについて論じる際,自分の経験や知識のなかから普遍的なもののみを拾い上げて議論をするのは,なかなか難しいことのようです.

(執筆者: ぬかづき)


*1 Short RV. 1979. Sexual selection and its component parts, somatic and genital selection, as illustrated by man and the great apes. Adv Study Behav 9:131–158.

*2 実際,もし動物園でチンパンジーを見る機会があれば,股間に注目してみてください.オスには重そうにたれさがった「たまたま」がついており,遠目からでもはっきり雌雄の区別がつきます.

*3 ゴリラやオランウータンはメスに比べてオスの体がきわめて大きく,ヒトやチンパンジーに比べて,体サイズの「性的二型」が著しい種です.

*4 たとえば動物園で,チンパンジーを見に来た子供が「顔がふたつあるー!」とびっくりするくらいには大きく腫れ上がります.座るときも大変そうだなあ…などと同情?しながら観察します.

*5 Mautz BS, Wong BB, Peters RA, Jennions MD. 2013. Penis size interacts with body shape and height to influence male attractiveness. Proc Natl Acad Sci 110: 6925-6930.

*6 たとえば,「大きなペニス = 性交の快楽」という図式は男性のひとりよがりのような気もしますし,この時代の論文には普通に見られることではありますが,ヒトのことを“human”ではなく“man”と表記しているのも,なんだかいただけません.


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