百人一首の必勝法

 新しい年が,もうすぐそこまで迫っている.新年は親戚一同集い,幼い子供を交え,かるた取りや神経衰弱などのカードゲームに興じる読者もあるのではないか.このかるた取り,達人になるとすべての札の位置をものの数分で覚えてしまうのだそうである.甚だ記憶力の悪い筆者は,そのような並外れた記憶力を羨むばかりだ.特に,試験に追われていた中学高校時代には,しばしば「見たものを何でも記憶する能力があれば……」と空想した次第である.よもや読者も,かようなことを一度は考えたことがあるのではなかろうか.そんな能力があれば,百人一首も神経衰弱も,歴代総理大臣や古典の暗誦も敵なしであろう.

チンパンジーの驚くべき瞬間記憶能力

 ところで,「見たものを何でも記憶する能力」に近いものをもつ生き物が実際にいるのである.京都大学霊長類研究所の井上氏・松沢氏が2007年に発表した研究結果によれば,チンパンジーの子どもはこの「見たものを瞬間的に記憶する能力」に非常に長けているとのことだ.

 研究者たちは,チンパンジーと人間に対し次のようなテストを行った.まず,スクリーン上に,1から5までの数字がランダムに配置された状態で現れる.程なく数字は全て,白い四角に置き換えられる.被験者は1から5までの数字があった順番に,その白い四角にタッチしてゆく,というテストである.数字が0.21秒だけ現れて消えるとき,人間の大人の正答率は40%だったが,チンパンジーの子どもの正答率は倍の80%だった.驚くべきことに,チンパンジーの子どもはテストに解答する途中で,何かに気をとられて10秒ほどよそ見をしていた後でも,しっかりと正答を導き出していたのである.

 この研究成果はBBCニュースにも取り上げられ,動画も公開されている.初めにテストの方法が紹介され,次にテストに四苦八苦する人間の大人が撮影され,最後に余裕綽々といった様子で解答してみせるチンパンジーの子どもが映し出されている.

動画 https://www.youtube.com/watch?v=zsXP8qeFF6A


十で神童,十五で才子……

 というわけで,もしも,新年の団欒の場で繰り広げられる「かるた大会」にチンパンジーの子どもがいたら,涼しい顔ですべての札をとってしまうかもしれない.しかしながらこの素晴らしい記憶力,どういうわけか大人のチンパンジーになると失われてしまうようで,先のテストにおいても大人のチンパンジーと大人の人間の成績は同じくらいだった.

 人間界では,素晴らしい才能を発揮する子どもが大きくなって凡人になってしまう例がしばしば嘆かれているが,どうやらチンパンジーでもそんな現象があるようだ.


詳細な情報はこちらへ:

京都大学霊長類研究所 プレスリリース http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/publication/SanaInoue/Inoue2007.html

元論文

Sana Inoue and Tetsuro Matsuzawa (2007), Working memory of numerals in chimpanzees, Current Biology Vol 17 No 23 R1004



(執筆者:James)

これまでのあんそろぽじすとの記事は以下からご覧ください:
https://note.mu/anthropologist/m/mf200d5ddbbe8?view=list

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