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喋ってくれなきゃ伝わらない?

みなさんの中に石器を作ったことのある方はいらっしゃいますか?作ったことのある方は同意して下さると思いますし、作ったことのない方は意外に思われるかもしれないのですが、石器づくり、なかなか奥が深い上に難しい作業なのです。この動画にあるように、基本は大きな石を別の石で叩くことで、道具として使えそうな(たとえばナイフ)平べったい石片を剥がします。石器製作にはいろんな技法が存在するのですが、なかなかひとりで思いつくのは難しいものが多いです。もし興味をおもちでしたら、youtubeで「stone tool making」とか検索すると、沢山動画が出てきます。こんなことをしている人たちが沢山いるんだ!と驚くかもしれませんが、実際沢山いるのです。「実験考古学」という分野にもなっています。

石器を含む道具製作は、言語と関連付けて考えられてきました。というのは、上述したような複雑な技術を次世代に正確に伝えるためには、言語がないと難しいのではないか、と推測されてきたからです。道案内でも、料理の作り方でも、ボールの投げ方でも、誰かに何かを教えるときに、われわれは言語を使いますよね。言語なしに教えるところを想像すると、めんどくさいな、どうやろうかな、と思うのではないでしょうか。

言語を使うと教えやすい?

Morgan博士たちは、言語を使うと石器づくりがうまくいくのではないかという仮説を確かめるために実験を行いました(※1)。実験の参加者(被験者)はスコットランドの学生184人で、彼らは石器製作を「先生(研究者のひとり)」から教わります。実験の条件設定はいくつかあるのですが、ここでは

・条件(1)目で見て真似する

・条件(2)ジェスチャーでコミュニケーション可

・条件(3)言語でコミュニケーション可

の3つの条件の結果を紹介します。

条件(1)は、先生がつくるのを被験者は横でみているだけです。条件(2)では、被験者はジェスチャーでなら先生に質問することができ、先生もジェスチャーでそれに答えます。条件(3)では、生徒は言葉で先生に質問できますし、先生も言葉で教えることができます。

実験後、著者らは、「石器として使えそうな石の平均数」や「時間あたりにとれた石器として使えそうな石の平均数」などの指標を使って、被験者たちの石器づくりのうまさを評価しました。これらは、どれぐらい効率的に石器として使える石を剥がすことができたかを示しています。

では、結果はどうだったのでしょうか?被験者たちの石器製作のうまさは、大雑把にですが、(1)目で見て真似する<(2)ジェスチャーでコミュニケーション可<(3)言語でコミュニケーション可の順でした。たとえば、石器として使えそうな石(剥がした石片)の平均数は、(1)目で見て真似する条件では18.31、(2)ジェスチャーでコミュニケーション可条件では21.73、(3)言語でコミュニケーション可条件では25.22でした。これらの結果は、教えること、とくに言語を使って教えることで、被験者がうまく石器を作れるようになることを示唆しています。

日本の実験

ところが、先見の明といいますか、Moragn博士らの2015年の実験に先立ち、日本の研究者たちが20年前に同じような実験を行っていました(※2)。この実験では、先生が言語を使って教える場合と使わないで教える場合だけを比較しています。Morgan博士らの実験で言うと、(2)ジェスチャーでコミュニケーション可、(3)言語でコミュニケーション可の条件に対応します。では結果はどうだったのでしょうか?なんとこの実験では、言語を使った場合と、使わなかった場合で、石器製作のパフォーマンスにちがいは見られなかったのです。

どうして違うのか?

Morgan博士らもこの結果は知っていて、論文の中で、違った結果が出た原因について推測しています。原因の候補として挙げているのが、日本の研究者の実験では石器製作のうまさの評価方法は二値的(良いか悪いか)だということで、もっと細かく点数付けすれば違いを検出できた可能性を指摘しています。Morgan博士らの主張が正しい可能性もありますし、他のみんなが見落としている要因のせいかもしれません。

実は人類学のみならず学問の世界では、このような「答えの出ていない」「相反する結果が出ている」問題は沢山あります。こうした問題は、その後の研究の積み重ねによって解決されていきます。「言語は石器製作にどのような影響を与えるのか?」答えを出すのはあなたかもしれません。

(執筆者:tiancun)

※1 Morgan T. J. H., et al. 2015. Experimental evidence for the co-evolution of hominin tool-making teaching and language. Nat. Comm. 6, 6029.

※2 Ohnuma K., Aoki, K., and Akazawa, T. 1997. Transmission of tool-making through verbal and non-verbal communication: Preliminary experiments in Levallois flake production. Anthropol. Sci. 105, 159−168.

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