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殺される「森の人」たち

ヒトにもっとも近いサルである大型類人猿 (チンパンジー,ボノボ,ゴリラ,オランウータン) は,現在絶滅が危惧されており,法律によって強く保護されています.もしこれらの野生個体を密猟したり捕獲したりすると,どの国でも,懲役や高額の罰金を課せられることになります.

しかし,国連機関が出した集計によると,2005−2011年のあいだの7年間に,少なくとも,チンパンジー643個体,ボノボ48個体,ゴリラ98個体,オランウータン1019個体が,野生から違法に捕獲され,取引されていたところを救助されています*1.秘密裏に行なわれてしまった取引については集計が出せないため,実際の数字はこれよりも大きくなります.

また,こうして違法に取引されて救助される個体の大部分はコドモですが,野生の群れや母子からコドモを捕獲する際には,周囲のオトナや母親を殺す必要があります.実際には,これらの数字の何倍もの個体が,捕獲にともなって殺害されている計算になります.

オランウータンの個体数減少の原因は…?

なかでもオランウータンは個体数の減少が著しく,絶滅危惧種のうちでもっとも危険度合いの高いカテゴリーに位置づけられています.これまでは,オランウータンの生息地である熱帯雨林の破壊が,個体数減少の主な理由だと考えられてきました.実際,アブラヤシ (いわゆる「植物油」の原料) プランテーションの拡大などによって,インドネシアの熱帯雨林はここ数十年で急激に破壊が進んでいます.

しかし最近になって,オランウータンの個体数減少の原因のもうひとつ大きな理由として,密猟の可能性も考えられるようになってきました.上記のように定量的なデータが出てきて,そうした考えも裏付けられてきています.ところが,密猟の背後にはどのようなメカニズムがあり,誰が,どのような場所でオランウータンを密猟/殺害しているかや,法律は有効に機能しているかなどについては,詳細なデータがありませんでした.

今回紹介するのは,地道なフィールドワークやインタビューによって,オランウータンの密猟と殺害に関する詳細なデータを集めたふたつの研究です.


密猟の実態

ボルネオ島カリマンタン西部のGunung Palung国立公園の周辺では,現地ボランティアの協力による10年間の地道な調査によって,違法に捕獲されていたオランウータンの救助の実態が調べられました*2.

その結果,2004−2014年のあいだに145件の救助があり,アブラヤシのプランテーションが占める割合が高い地域で,より多くの救助が起こっていました.このことは,プランテーションなどのために土地が拓かれて森林へのアクセスが良くなると,人びとが森林に入り,オランウータンの密猟が起こる,というメカニズムを示唆します.

また,空港や大きな港がある交通の要所であり,かつ富裕層がたくさん住んでいる地域で,救助がより多く起こる傾向もありました.この結果は,密猟されたオランウータンが,富裕層のステータスシンボルとして違法に買い取られることがあるという事実と矛盾しません.

そして,こうした145件の救助のうち,法律によって罰せられたケースはひとつもありませんでした.オランウータンの密猟や違法な取引を禁止する厳しい法律自体はあるものの,資金や人的資源の不足のために,その効力は非常に弱体化してしまっていることがわかりました.


殺害の実態

同じくカリマンタンの全土からランダムに選ばれた687の村の住人,総計6983人を対象としたインタビュー調査では,ヒトによるオランウータンの殺害の実態が調べられました*3.

その結果,26%の村で,過去に1度はオランウータンが殺害されたことがあるということがわかりました.オランウータンが殺された場面を見たことがあると答えた回答者は全体の31.9%で,自分でオランウータンを殺したことがあると答えた回答者は全体の4.9%でした.

自分でオランウータンを殺したことがある人のうち,殺害個体数が1頭の人は55%,2頭の人は27%で,オランウータンを何度も繰り返し殺害する人は稀であることがわかりました (最大は,70頭以上殺したことがあると答えた人がふたりでした).この結果は,一般の多くの人はまずオランウータンを殺害することはなく,殺害したとしても,人生のなかで1頭だけか数頭のみであるということを意味します.

インタビュー結果の数字からカリマンタン全土でのオランウータン殺害数を推定すると,平均的には毎年1970−3100頭もの個体が殺されている計算になりました.2004年時点でボルネオ島全土に生息しているオランウータンは54000頭と推定されており*4,毎年2000頭にものぼる殺害数が本当だとしたら,これはオランウータンの保全にとって非常な脅威となります.


おわりに

ヒトがヒトを殺す際には,たいていの人の場合には強い拒否感がはたらくことがわかっています*5.もしかしたら,ヒトがオランウータンを殺す際にも,強い拒否感があるのではないかなと,私は思ったりしています.

以前,アフリカの森林で,大きなオトナのチンパンジーが死んでいるのをみつけたことがありました.ヒトに似た手足や頭の見分けられる黒い大きな身体が地面に横たわっていて,具体的な質量を持った圧倒的な存在感がありました.もちろん私が殺したわけではないですし,これはヒトではなくてチンパンジーなのだ,とはっきりわかっていても,なんだか無性に怖くて,不安になったことを憶えています.

大型類人猿の保全では,法律の整備や森林の適切な管理が必須ですが,それと同時に,人びとのモラルも重要な役割を担っています.現地の人だけでなく,熱帯から離れた日本にいる私たちも,なぜオランウータンや,大型類人猿や,そのほか絶滅の危機に貧した動物を守っていく必要があるのか,きちんと考えていかなければならないのかもしれません.

(執筆者: ぬかづき)


*1 Stiles D, Redmond I, Cress D, Nellemann C, Formo RK. 2013. Stolen apes―The illicit trade in chimpanzees, gorillas, bonobos and orangutans. Arendal: United Nations Environment Programme.

*2 Freund C, Rahman E, Knott C. in press. Ten years of orangutan-related wildlife crime investigation in West Kalimantan, Indonesia. Am J Primatol. DOI: 10.1002/ajp.22620

*3 Meijaard E, Buchori D, Hadiprakarsa Y, Utami-Atmoko SS, Nurcahyo A, Tjiu A, Prasetyo D, Nardiyono, Christie L, Ancrenaz M, Abadi F, Antoni ING, Armayadi D, Dinato A, Ella, Gumelar P, Indrawan TP, Kussaritano, Munajat C, Priyono CWP, Purwanto Y, Puspitasari D, Putra MSW, Rahmat A, Ramadani H, Sammy J, Siswanto D, Syamsuri M, Andayani N, Wu H, Wells JA, Mengersen K. 2011. Quantifying killing of orangutans and human-orangutan conflict in Kalimantan, Indonesia. PLoS ONE 6:e27491.

*4 Wich SA, Meijaard E, Marshall AJ, Husson S, Ancrenaz M, Lacy RC, van Schaik CP, Sugardjito J, Simorangkir T, Traylor-Holzer K, Doughty M, Supriatna J, Dennis R, Gumal M, Knott CD, Singleton I. 2008. Distribution and conservation status of the orang-utan (Pongo spp.) on Borneo and Sumatra: how many remain? Oryx 42:329–339.

*5 デーヴ・グロスマン (安原和見 訳). 2004. 戦争における「人殺し」の心理学. ちくま学芸文庫.

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