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お産は夜間?

ヒトの出産は夜中にはじまることが多いようです.ちょっと思い出してみてください,(自分が生まれたときのことは厳しいとしても),妹や弟,あるいはわが子なんかの生まれたときのこと.三人きょうだいの長子である私に関して言うと,今から二十数年前,たしかに夜中に起こされ,眠たい目をこすりながら,弟と妹の誕生にそれぞれたちあったおぼろげな記憶があります.

ヒトの出産は夜中にはじまる?

産科で働くお医者さんは経験的にこのことを知っているでしょうし,現代の病院などで実施された多数の研究も,ヒトの出産の多くが夜中にはじまることを支持しています.しかし用心深い研究者たちは,そうした証拠もじっくり吟味して「待った」をかけます.曰く,現代の環境では,子宮収縮剤,陣痛促進剤,人工的な破水,鎮痛剤などが用いられることも多く,「ヒト本来」のお産のパターンが見られていないかもしれないと.

19世紀の出産の記録

スペインの研究チームが先ごろ発表した論文では,そうした懸念を克服した結果が示されています ※1.この研究者たちは,スペインのマドリッドに1864年に設立された産院に保管されていた古文書を読み解き,1887年から1892年のあいだにあった4599例の出産が一日のうちのいつ起こったのかを調べました ※2.もちろん,この時代には,現代的な産科設備はありませんから,より「自然な」出産の日周性が記録されていると考えられます.

分析の結果,出産の (終わりの) 数は早朝にピークを示し,日中低下し,夜間にかけてまた増加していたことがわかりました.さらに,夏と冬の日の長さにあわせて,ピークの時間帯が変動していました.現代医療による介入がそれほどなくとも,ヒトの出産は夜中に多いことが示されたわけです.

なぜ夜中に?

なぜヒトの出産が夜中に多いのか,理由は明らかではありません.しかし,ヒトの出産が時間のかかる危険なイベントで,周りの人の助けが必要であることを考えると,何万年・何十万年も前の移動しながら狩猟採集していた人類にとって,集団のメンバーがひとところに集まってしばし留まる夜間に出産がおこったほうが,お母さんも赤ちゃんも命の危険が少なく,集団の移動から置いていかれる心配も少なく,より生き残りやすかったのかもしれません ※3.

(執筆者: ぬかづき)

※1 Varea C, Fernández-Cerezo S. 2014. Revisiting the daily human birth pattern: time of delivery at casa de maternidad in Madrid (1887−1892). Am J Hum Biol 26:707−709.

※2 私は,これがこの研究のおもしろいところだと思います.古文書を読み解く作業はたいてい歴史学の範疇にありますが,その結果が生物学や人類進化についての知見をもたらすなんて!

※3 参考 Jolly A. 1972. Hour of birth in primates and man. Folia Primatol 18:108–121.


これまでのあんそろぽじすとの記事は以下からご覧ください。
https://note.mu/anthropologist/m/mf200d5ddbbe8?view=list

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