グローバル時代の常識?―鎌状赤血球

鎌状赤血球というものをご存知でしょうか?普通の赤血球は、中央がくぼんだ円盤のような形をしていますが、鎌状赤血球はひしゃげて細長く、文字通り鎌の形をしています。この赤血球は酸素を運ぶ効率が悪いので、鎌状赤血球を持つ人は貧血になりやすく、重篤な場合は死に至ります。この鎌状赤血球は親から子へと遺伝し、日本ではほとんど見られませんが、アフリカではごく一般的な病気です。私の友人のアフリカ系アメリカ人は「日本では鎌状赤血球を多くの人が知らないから、貧血でしんどい時に説明するのは辛くて困る」と言っていました。日本は海外よりも、鎌状赤血球に関する情報が少ないのでしょうか。試しにWikipediaで「鎌状赤血球症」の日本語版と英語版を見比べてみると、ページの長さ、図の数など、情報量は圧倒的に英語版の方が多いことがわかります(*1)。

<日本語版>
鎌状赤血球症 - ウィキペディア

<英語版>
Sickle-cell disease - Wikipedia

Wikipediaの記述は少し専門的なので、簡単に解説+情報を付け足したいと思います。

鎌状赤血球のしくみ

私達の血液中にある赤血球には、ヘモグロビンと呼ばれるタンパク質が含まれ、これが酸素と結びついて肺から全身に酸素を運んでいます。このヘモグロビンを作る設計図である遺伝子が、鎌状赤血球を持つ人達は一箇所異なっています。これによって、赤血球が通常の円盤状から鎌状へと変化してしまいます。鎌状の赤血球は、酸素を運ぶ効率が悪いので貧血になりやすく、更には凝集して血管に詰まりやすい形をしているので(図を参照して下さい)、重篤な臓器障害を引き起こす可能性があります。


遺伝子は父親と母親から一つずつ受け継ぎます。片方の遺伝子だけが鎌状赤血球の遺伝子なら、もう片方の遺伝子から普通の形の赤血球が作られるので、日常生活でほとんど困ることはありません(ただ、鎌状赤血球も同時に作られるため、酸素濃度が低い所では貧血になりやすいです)。このように、片方が通常の赤血球の遺伝子で、もう片方が鎌状赤血球の遺伝子の場合、「鎌状赤血球形質(Sickle cell trait)」といいます。一方で、両方の遺伝子が鎌状赤血球の遺伝子だと、通常の形の赤血球を体内で作ることができません。このような場合、「鎌状赤血球症」と呼ばれ、酷い場合は死に至ります(*2)。

マラリアと鎌状赤血球

アフリカ人によく見られ、地域差はありますが、ナイジェリアでは1000人中20人の赤ちゃんが鎌状赤血球症と診断されています。また、多い地域では10-40%の人が鎌状赤血球形質を持っています(*3)。アフリカ系アメリカ人の人もこの遺伝子を持っている人が少なからずいます。一方で、日本人でこの遺伝子を持っている人はほとんどいません。なぜこんなにも異なるのでしょうか?実は、マラリアという病気と密接に関わっているのです。以下の図は、マラリアの分布(上図)と鎌状赤血球を持つ人の分布(下図)です。見比べてみると、かなり似ていると思いませんか?

鎌状赤血球の遺伝子を持つ人は、マラリアに対して耐性があると言われています。そのためマラリアの多い地域では、鎌状赤血球形質だと生存に有利なので、その遺伝子を持っている人が他の地域と比べて多くなっているのです(ただ、両方の遺伝子が鎌状赤血球だと日常生活に支障をきたすので、完全に全ての人の遺伝子が鎌状赤血球になってしまうことはありません)。

アフリカ人とアジア人は、外見や文化だけでなく、遺伝子もまた少しずつ異なっています。こういった特徴は直接目には見えないけれど、日々の体調にも関わってきたりと、相手を理解する上では大事な情報です。外国の人と接する機会が増えている昨今、こういう知識も常識のひとつになればいいな、と思います。

(執筆者:mona)


*1 Wikipediaは概して英語版のページが一番充実していて、最新の情報が盛り込まれています。また、充実しているように見える日本語版のページでも、もともとは英語版から翻訳されたものも数多くあります。友人Pは「薬を処方されたら、必ず英語版のWikipediaで副作用などチェックする」と言っていました。これだけでも、英語を学ぶ重要性が感じられると思います。知は力なり。

*2 Wikipediaには「たいていは成人前に死亡する」と書かれていますが、約50%の人は50才以上まで生き延びるようです。 Platt, O., & Brambilla, D. (1994). The New England Journal of Medicine

*3 World Health Organization. Sickle-cell anaemia: Report by the Secretariat. 24 April 2006.


画像は下記から引用・転載しました。

鎌状赤血球

鎌状赤血球の分布図

マラリアの分布図

また、以下のブログに、アメリカのスポーツ界における鎌形赤血球形質の扱いについて書かれています。どのような症状が起きるのか、予防法など書かれていて興味深いです。

Innervate The World! -Sickle Cell Trait (鎌状赤血球形質)について学ぼう。

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