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大きな頭を産むときに

私は帽子が好きで,よくかぶるのですが,「わたしは頭が大きいから帽子が似合わないんだ.うらやましいなあ」と言う友人もいます.私とその友人と,ふたりとも身長は同じくらいなのに,ヒトの体のプロポーションにはいろいろ個性があるようです.ここでは,そうしたプロポーションのうち特に,頭と腰という意外なパーツが関連していたという研究を紹介します.


骨盤の抱えるジレンマ

二足歩行と出産という相反する目的のために,ヒトの女性の骨盤 (腰のところにある骨たち) はずいぶんと無理をしています*1.二足歩行をする際には,下肢の付け根が左右に広がるとバランスが崩れて歩行時のエネルギー効率が悪化するため,骨盤の幅はできるだけ狭いほうが有利です.その一方,出産では,大きな脳をもった赤ちゃんの頭を通せるだけの空間を,骨盤の内側に確保しておく必要があります.骨盤の幅を狭くすると,難産の危険が高まり,ときには母子ともども出産の途中で死亡するようなことにもなってしまいます.

実際,現代においてさえ,ヒトの出産は命の危険をともなう困難なイベントです.たいていは産婆さんや助産師さんなど他者の助けが必要ですし,10時間以上におよぶ分娩も稀ではなく,医療従事者 (医者や産婆など) の介入がない場合,出産によって母親が死亡する割合は,発展途上国では1.5%にのぼるという報告もあります*2.


大きな頭を通すため…

特に母体に負担が大きいのは,産道に対して赤ちゃんの頭が大きい場合です.極端な話,頭が大きすぎて骨盤を通らなかったら,帝王切開などしなければ母子ともに死亡してしまいます.しかし,骨盤のほうでも工夫できることがあり (図),赤ちゃんの頭が大きかった場合には,その頭が通る空間を大きくすることで,ミスマッチの危険性を低く抑えることが可能になります*3.

図. ヒトの骨盤の模式図.「出産向き」の形態を文字で説明.

そして今回紹介する話のキモは,この頭の大きさがわりと強く遺伝するということです.したがって,「頭の大きな母親」では,その赤ちゃんもまた頭が大きい可能性が高く,出産を無事に終えるためには,産道を大きくする骨盤の形の工夫がより重要になってくるわけです.


示された意外な関係

こうした背景のもと,Fischer博士とMitteroecker博士は,米国の99人分の骨格標本から得られていたデータを利用し,頭の周囲の長さと骨盤の形態のあいだの関係を比較しました*4.

その結果,予想されたとおり,頭の周囲の長さが大きな女性ほど,広い産道をもつような骨盤の形をしていることが示されました*5.ただでさえ死亡の危険が高い出産というイベントにおいて,頭の大きさと骨盤の形のミスマッチは致命的な結果になるため,こうした関係が人類の進化の過程で強く現れてきたと考えられます*6.


ヒトもまた一介の生物にすぎない

この論文を読んで,ヒトも一介の生物にすぎない,という思いが強く残ったのでした.私たちの体の大きさや形にも機能上の意味や制約があって,それがもとで,ほかの生物と同じように自然選択を受けて適応的な形質が残っていく……その結果が,今回紹介した論文に示されたような,頭と骨盤の意外な関係だったわけです.頭が大きいことを嘆いていた友人には,腰に手を当てて,もとい胸に手を当てて,ヒトの進化についてよーく思いを馳せていただくことにいたしましょう.

(執筆者: ぬかづき)


*1 このあたりの話は以下の書籍にわかりやすく書いてあります.

奈良貴史. 2012. ヒトはなぜ難産なのか―お産からみる人類進化. 岩波科学ライブラリー.


*2 Graham WJ, Bell JS, Bullough CH. 2001. Can skilled attendance at delivery reduce maternal mortality in developing countries? Stud Health Serv Org Pol 17: 97–130.


*3 骨盤が意思を持っているかのような書き方をしましたが,実際は,そうした特徴の骨盤をもつ個体がより適応的であり,長い時間をかけて集団内に増加してきた,ということになります.


*4 Fischer B, Mitteroecker P. 2015. Covariation between human pelvis shape, stature, and head size alleviates the obstetric dilemma. Proc Natl Acad Sci 112: 5655–5660.

ちなみに,元になったのは,自動車のクラッシュテストのデバイスを開発するために集められたデータだそうです.


*5 具体的には,楕円でなく正円に近い産道の入口 (赤ちゃんの頭が通り抜けやすい) や,低く幅広い全体の形 (通り抜ける距離が短くなる),短くより外側向きの仙骨 (産道に邪魔な突起物がなくなる),といった特徴です.


*6 この論文では,ほかにも身長と骨盤の形が比較されています.身長が大きな人ほど相対的な骨盤サイズが大きいため,形のうえでの工夫をそれほどしなくて良いと考えられます.こちらは男女ともに,身長が低い人ほど,骨盤の形は「出産向き」の傾向にあったそうです.


表紙画像は,大英図書館がパブリック・ドメインで公開している図書イラストを改変して利用しました. (参考: The British Library's Photostream - Flickr)

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