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「伝統」を維持するのは大変です?

以前の記事「ヒトだけが持ってるって本当ですか?」では、ヒト以外の動物にも「伝統」と呼べそうなものが存在することを紹介しました。この記事で紹介した研究は、シジュウカラがエサ箱の扉を開ける行動が、世代を超えて受け継がれることを明らかにしました。「伝統」というものを、受け継がれていく行動として捉えたなら、ヒト以外の動物にも「伝統」がありそうです。実際、ヒトの「伝統」も幅広くて、江戸時代から受け継がれてきた伝統芸能も、部活や研究室で続けられてきた変な慣習(新入生が仮装するとか、発掘調査中に差し入れられた一升瓶はその日のうちに空にする義務とか)も、全部ひっくるめて伝統とよばれますが、全部受け継がれる行動ですよね。

さて、テレビなどで報道されるように、ヒトの社会では「伝統」の消滅が話題になっています。もっと身近なところでも、「俺たちの伝統、なくなっちゃったなぁ……」なんて居酒屋でこぼすおじさんを目にすることもありますよね。では、動物社会の「伝統」はどうでしょう?消滅するのでしょうか?そして、もし消滅するとすれば、どんなメカニズムが働いているのでしょうか?

ミーアキャットの「伝統」

今日は、ミーアキャット(※1)という動物の「伝統」が消えてゆく過程を、実験的に調べた研究を紹介しましょう。対象としたのは、南アフリカのカラハリ砂漠に住むミーアキャットです。群れの数は9つで、それぞれ7〜19個体からなっています。

実験のために、著者たちは、「ランドマーク」と論文中で呼んでいる物体を用意しました(※2)。「ランドマーク」は、四角だったり三角だったり星型だったりする色付きの物体で、210平方cmぐらいの大きさです。ランドマークには、給水器と、砂でカモフラージュしたプラスチックのトレイがとり付けられています。そのため、ミーアキャットは、「ランドマーク」のところで水を飲んだり、トレイに載せられているゆで卵の欠片を食べたりできます。

この実験では、2つの色も形も異なる「ランドマーク」を設置し、どちらの「ランドマーク」にミーアキャットが近づいていくかを調べます。9つの群れのうち7つでは、群れの中の1匹または2匹を、「先生」として訓練します。残りの2つの群れでは、「先生」候補を作りません。「先生」候補は、2つの「ランドマーク」のうちの片方に近づくように訓練されます。訓練期間中は、他のミーアキャットには「ランドマーク」は見せませんが、「先生」候補の訓練が完了すると、「先生」以外のミーアキャットにも「ランドマーク」を見せます。

最初は、ミーアキャットたちはランドマークに近づこうとしませんでした。しかし、「ランドマーク」の付近で「先生」と遭遇することで、徐々に「ランドマーク」から餌をとるようになっていきます。9つの群れのうち2つでは、「先生」がいないのでした。案の定、「先生」がいないグループでは、ランドマークに近づいたとしても、餌を獲得する確率が低くなりました。

ミーアキャットの「伝統」はすぐ消えた

さて、ミーアキャットの「伝統」は、生まれたのでしょうか?「先生」がいないミーアキャットの群れでは、どちらの「ランドマーク」を選ぶ確率も約50%でした。しかし、「先生」がいる群れでは、選ばれた「ランドマーク」のうち、約90%が「先生」が好む「ランドマーク」でした。2つの「ランドマーク」のどちらに行こうが、ミーアキャットが獲得できる餌は変わりません。にもかかわらず、片方の「ランドマーク」を好む「伝統」が形成されたと考えられます。

しかし、「先生」が好む「ランドマーク」を他のミーアキャットも好む傾向は、時間とともに徐々に消えていきました。1週間後には、「先生」がいる群れでも、どちらの「ランドマーク」を選ぶ確率も同じぐらい(つまり、約50%)でした。つまり、一旦ミーアキャットの群れに生まれた「伝統」は、1週間ほどで消えてしまったのです。その一方で、年長の個体のほうが、若い個体よりも、「先生」が好む「ランドマーク」を選ぶ傾向がありました。

おわりに

著者らは、今回の実験で観察された「伝統」の消失は、(特に若い)ミーアキャットが、一方の「ランドマーク」に餌があることを学習することで、もう一方の「ランドマーク」の付近をより探索するようになるからではないかと考えています。「先生」から学ぶことで、「先生」と違う「ランドマーク」を探し始めるというのも面白いですね。このようなメカニズムのうち、どの程度がヒトの「伝統」にも働いているか、興味深いところです。

(執筆者:tiancun)


※1

ミーアキャットは、アフリカ南部に生息する哺乳類です。お父さんとお母さんとその子どもたちからなる群れを作って、地面に穴を掘って生活します。写真は、tiancunが動物園で30分ぐらい(趣味で)観察したときに撮った写真です。

※2

Thornton, A., Malapert, A. 2009. The rise and fall of an arbitrary tradition: an experiment with wild meerkats. Proc. R. Soc. B 276, 1269–1276.

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