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サルはmonkey??

monkeyとape(類人猿)

 この人類学ブログは、数名の人類学徒が順番に寄稿し、メンバー間で議論を行い修正・校正してかきあげられています。その中で先日、「チンパンジーをサルというのは適切か、類人猿というべきではないか」という議論がありました。

 人類学者のように、普段からこの違いを気にしている人でなければ、サルと類人猿の区別は難しいかもしれませんし、そもそも気にしたことがないかもしれません。中学・高校で英語を学ぶ時、“ape”という単語の意味は「類人猿(尾のないサル)」と教えられます。類人猿(ape)はヒトに近縁なサルでボノボ・チンパンジー・ゴリラ・オランウータン・テナガザル類をさす言葉です。これらとヒトは共通の祖先を持ちます。ふつうヒトを類人猿ともapeともいうことはありませんが、動物分類としてはapeです。apeは見た目だけではなく、類縁関係を反映した生物学的な分類といえます。

※たとえば「魚介類」という分類は、魚類や貝類を含みますが両者に親縁関係はなく、生物的な分類とはいえません。

 monkeyはapeではない(尾のある)サルをさします。ヒトに近縁なものではオナガザル上科(ニホンザルやマントヒヒなどが属する)などと先述の動物を含めた狭鼻猿類(旧世界ザルともいう)と分類されるものたちがいます。すこしは離れたものにはオマキザル・ヨザル・サキ・クモザルなどの広鼻猿類(新世界ザルともいう)がいます。これらは概ねサルらしい姿をしており、共にmonkeyと呼ばれます。オナガザルの中に、バーバリーエイプという種名の動物がいますが、これは命名上のミスでapeではありません。

 広鼻猿類にメガネザルというものがいますが、長年に渡り分類が論争されてきた種で、もっと遠縁の霊長類と考えられていました。このためか、普通はmonkeyと呼ばれないようです。

 ※メガネザル......小さい体なのに目がとても大きい動物です

 さらに遠縁のものに、キツネザルやアイアイ、ガラゴ、ロリスなどがいます(リスではなくLorisという動物です)。彼らにもサルっぽさの面影は見いだせますが、私達のイメージするサルとはやはり大きく違ってきます。アイアイやガラゴはおさるさんというより、どこか悪魔じみています。(私は好きです)

キツネザル......メガネザルより遠縁ですが、形態はサルっぽいですね


アイアイ......黒くて荒い毛並、長い尻尾、細長い中指......生息地マダガスカルでは不吉な動物と言われているそうです

ガラゴ......小さな体に赤い目が目立ちます。

ロリス......服の襟を頭に引っ掛けたおじさんのような印象を受けます

 ここまでで紹介した生き物たちを霊長類“primates”といいます。apeとmonkeyとさらにその他の数種類の動物を含む概念です。ここで紹介した動物たちには互いに親縁関係があり、やはり生物学的な分類です。

 もっと昔に我々から分岐した種にツパイというものがいます。木の上で生活するネズミのような動物です。ツパイまで疎遠になると、さすがに見た目からヒトと系統関係にある動物だと判断できないかなと思います。

 下図は以上の分類を簡単にまとめたものです。私が比較的有名だと思った霊長類を中心にかいています。参考文献の方にオープンアクセスな霊長類系統分類の論文を添付しておきました。英語での名称もかきましたから、ご覧になる時に参考にしていただければ幸いです。

翻訳の世界

 英語圏ではapeとmonkeyという単語を並列して使うことがあるようです。monkeyを猿(種としてはサル)、apeを類人猿と和訳を分けることがあります。

当サークルのtiancunさんがざっと(本人談)調べた限りでこれらを用いた翻訳が以下のように複数あります。

○デイヴィッド・リヴィングストン スミス(原著),三宅 真砂子(翻訳)『うそつきの進化論』

「私たちの直接の先祖である原人は、サルや類人猿の進化の軌跡をほんの一歩先へ踏み出すことから現生人類に進化するに至った」p.98

○ピーター・メイヒュー(原著),江副 日出夫(翻訳),高倉 耕一(翻訳)『これからの進化生態学』

「SIVはアフリカの類人猿およびサルに広く行きわたっていて、HIVとSIVの配列の系統的比較によれば(誤差は非常に大きいが)現在の流行の起源は20世紀中頃の数十年間にあることが示されている (BH Hahn .2000)。」p.112

○ショーン・B・キャロル(原著),渡辺 政隆(翻訳),経塚 淳子(翻訳)『シマウマの縞 蝶の模様』

「人類の身体的な進化は、他の動物種のそれと異なるものではなかった。直立歩行、大きな脳、他の指と対向する親指、言語能力などといった人類の特徴は、サルや類人猿にも存在する構造を変更させる発生上の変化によつて進化したものなのだ。」p.306

○ドナ・ハート(原著),ロバート W.サスマン(原著),伊藤 伸子(翻訳)『ヒトは食べられて進化した』

「まず、すべてのサル、類人猿、人間を合わせて霊長類という。」p.18

○マーリーン・ズック(原著),佐藤 恵子(翻訳)『性淘汰』

「私が以前の章で言及したように、サルや類人猿の研究は優に二十世紀の半ばまで男性に独占されていたのであり、このような研究のいくつかは、ヒトの進化の起源を調べることをテーマとしていた。」p.195

 『猿の惑星』という映画があります。原題は “Planet of the Apes”です。これについて「誤訳である。正しくは類人猿の惑星である。」という主張をする人が結構いるみたいですね。誰が言い出したことなのか分かりませんでしたが、ぼくの高校の先生も授業中にそんなことをおっしゃりました。

 作中では、チンパンジー人から逃亡を試みる主人公(ヒト)がチンパンジー人に網で捉えられるシーンが有ります。ここで自分を手荒く捕まえようとする衛兵に対して「Take your stinking paws off me. You damn dirty ape.」という台詞を吐きます(※チンパンジー人には英語が通じます)。「そのくっさい手をはなせ!この汚いクソザルめ!」といったところでしょうか。これに対してチンパンジー人やオランウータン人は主人公に対して“animal”という語を侮辱的に用います。いくつかのシーンでは内容と照らし合わせると、ape=猿としてしまったほうが意味が通ります。monkeyとapeの使い分けより人口に膾炙した表現を優先しています。しかし、そのために明らかに間違った翻訳をしているわけではありません。私は「猿の惑星」をよい邦題だと思います。

日本でのサル

 上記のように翻訳ではmonkeyとapeを分けて考えることがあるようです。しかし普段から日本人がそんなことを考えているわけではありませんよね。

 よくチンパンジーに芸を仕込んでいるテレビ番組がありますが、そういった番組ではチンパンジーを猿(おさるさん)と呼ぶことに何の違和感も持ちません。キツネザルも名前に「サル」が入ります。日本語の「サル」は英語のmonkeyより指す対象が広いようです。(ますます翻訳が混乱します!)実際に、動物分類におけるサル目という単語はprimatesに対応します。

 日本にはみなさんおなじみのニホンザルというサルがいます。ニホンザルはオナガザル科のサルですが、しかしこのニホンザル、なんと尾が非常に短いmonkeyなのです。その姿でオナガザルとはいったい……

 monkeyは尾が特徴なのにニホンザルがこれでは、日本語でサルという単語が混乱するのも致し方ないのかもしれませんね。また、今回は特に説明しませんが「猿人」などという単語もあり、これは日本語にしかない分類だったりします。ああ、なんてややこしいんでしょう!

(執筆者:アンソロピエロ)

参考

Perelman P, Johnson WE, Roos C, Seuanez HN, Horvath JE, et al. (2011) A Molecular Phylogeny of Living Primates. PLoS Genet 7(3): e1001342. doi:10.1371/journal.pgen.1001342

霊長類の分子に取る系統分類の論文です。オープンアクセスなので、ぜひ御覧ください。

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