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並行世界の成功

わたしたちの生活は「評価」であふれています。入学試験、就職試験、それに就職した後もさまざまなかたちで能力や業績を評価されます。わたしたち研究者も、論文投稿、研究費を獲得するための申請書、さらにはどこかの研究機関に職を得るためにも、他の研究者による審査をクリアせねばなりません。そして、わたしたちの人生は、他者から受ける評価によって大きく翻弄されます。

ここに二人のアイドルがいるとしましょう。二人とも同じ日に曲を発売し、一方は大ヒット、スターへの道を駆け上がり、今日もまばゆいスポットライトの下で笑顔を煌めかせています。しかし、もう片方は鳴かず飛ばずで、ついに彼女は自分が憧れた世界から退くことを決意します。

あるいは、ここに同じ学年の二人の研究者がいます。一方が書いた論文は有名な雑誌に掲載され、若くして学会で注目される存在になります。しかしもう一方が書いた論文は、日々大量に生産される論文の中に埋もれ、その研究成果は誰の目にとまることもなく、彼も自分の夢を諦めます。

この二人の明暗を分けたものはなんでしょうか?才能が違ったのでしょうか?それとも努力の積み重ねが足りなかったのでしょうか?しかしたとえば、たまたま大御所の目にとまったとか、大勢の人の目に触れる機会を持てたため、大御所に追従する人々や、多数派になびく人々の後押しを受けたから成功できた、そんなことはないのでしょうか?極端な話、もう一度世界をやり直したときに、この二人の立場が逆転している――そんな可能性は考えられないでしょうか?

転じて、わたしたちが評価する側に回った場合、わたしたちは、他の人や、モノの価値を正しく把握できているのでしょうか?単に、他の人の意見に追随しているだけ、ということはないのでしょうか?

人工音楽市場実験

サルガニック博士とその共同研究者たちによって作り出された「人口音楽市場」での実験は、この問題に対する示唆を与えてくれます。博士たちは、ウェブ上に、曲をダウンロードできる実験用のサイトを構築しました。約1万4千人の被験者たちは、(1)独立条件と(2)社会的影響条件の2つの条件のうちどちらかに割り振られます。どちらの条件でもダウンロード可能な曲数は48曲ですが、独立条件にわりふられた被験者たちは、曲名だけが並んでいるサイトに案内されます。しかし、社会的影響条件にわりふられた被験者たちは、同時に、その曲が何度他の被験者によってダウンロードされたか、つまりその曲の人気を知ることもできるのです。二つの実験条件間でダウンロード可能な曲のレパートリーは同じであるため、どの曲が人気があったのかを調べることで、社会的影響、つまり、他人の意見の効果が結果にどう働くかを知ることができます。

加えて、著者たちは、社会的影響条件においては、八つの「並行世界」を用意しました。社会的影響条件の被験者たちは、八つの並行世界のうちのどれかに割り当てられ、自分が曲をダウンロードしても、自分がいる並行世界の人気にしか反映されませんし、別の並行世界の人気を知ることもできません。八つの並行世界は、スタート時点ではまったく同じ、どの曲もダウンロード回数ゼロという状況です。そのため、最終的には同じ曲が人気になるのか、それとも、それぞれの並行世界で起こる偶然の積み重ねにより、まったく別の結果に終わってしまうのか、を知ることが出来るのです。

この記事の最初に、アイドルと研究者の成功の例を出して、世界をもう一度やり直しても彼らは成功するのか、という問題提起をしました。この研究は、その疑問の検証をするのにうってつけです。なぜなら、もしある曲が、八つの「並行世界」のどれでも同じくらいの成功を収めているのなら、他人の評価によって成功が決まるとしても、そこは実力通りに成功できる場所といえるでしょう。しかし反対に、並行世界によって結果が大きく異なるようなら、成功は偶然によって大きく左右されてしまうということになるでしょう。

さて、結果を紹介しましょう。まず、独立条件と社会的影響条件のあいだで、人気の度合いは相関している傾向にありました。つまり、良い曲と悪い曲というのは存在し、最高の曲が最下位に沈むことも、最悪の曲が最上位にくることもなかったのです。

しかし、並行世界によって、ある曲が人気があるかどうかはまちまちでした。上で述べたように、ある並行世界で最高の曲が、別の並行世界では最下位に沈んでいる、なんて極端なことはおこっていませんでした。それでも、ある並行世界でそれなりに人気のあった曲が、別の世界で同じくらいの人気を獲得しているかといえば、そんなことはなかったのです。しかも、この「並行世界によって人気が異なる」度合い、言いかえるならば、人気が偶然によって左右される度合いは、社会的影響によって増幅されることがわかりました(註1)。このことは、人々が他者の意見に影響されることで(註2)、たとえスタート時点では同じ状況だったとしても、起こりうる結果は大きく異なる可能性がある、ということを示唆しています。

おわりに

今、わたしたちが手にしている成功の多くは、他者の評価の上に成り立っています。この研究が示唆していることは、並行世界のあなたは、そうした成功を手にしていないかもしれない、ということです。

毎日のニュースで、就職率、生涯賃金といった数字が羅列され、格差の問題が議論されます。今回紹介したような研究は、複雑な社会の一面を切り出し、その問題点をわかりやすく提示してくれます。こうした研究結果を通じて、並行世界の自分に思いを馳せることは、われわれがどのように社会をつくっていくのが良いか、考えるきっかけになるのではないでしょうか。

(執筆者:tiancun)


参考文献

Salganik, M. J., Dodds, P. S., and Watts, D. J. 2006. Experimental study of inequality and unpredictability in an artificial cultural market. Science, 311, 854-856.

(註1)社会的影響条件の場合は、並行世界の間で人気が一貫しているかどうかを調べることで、人気がどれぐらい大きく偶然に左右されるのかを調べることができます。ところが、独立条件の場合は、並行世界を用意していないので、同じ方法を使うことができません。そこで著者らは、(1)独立条件の被験者集団をランダムに二つのグループに割り振る、(2)グループ内で人気を計算して、二つのグループ間で人気が一貫しているか調べる、(3)ステップ(1)と(2)を1000回繰り返す、という操作を行って、並行世界を作り出すかわりとしています。

(註2)著者らは、別の解析をすることで、被験者が他人の意見に影響されていることを示しています。社会的影響条件のほうでは、独立条件に比べて、人気がある曲が一人勝ちする傾向がありました。つまり、人気のあった曲となかった曲との差が大きかったのです。このことは、被験者がすでに人気のある曲をダウンロードする傾向があったこと、つまり他者の意見に影響されたことを示唆しています。

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