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男の子? 女の子?

 知り合いに子供が産まれたと聞くと,まず飛び出すのがタイトルのような質問だろう。古来より,神頼みや仏頼みに始まって,「産み分け暦」だの,「身体を酸性にすると女の子が生まれる」だの,「お腹の中でよく暴れるのは男の子」だの,「お腹の子が女の子だと妊婦の顔つきが優しくなる」だの,子供の性別や産み分けについて様々なことが言われてきた。読者諸氏もいろいろと耳にしたことがあるのではないだろうか。このように,産まれる子供の性別は昔から人々の高い関心を集めてきた。


「におい」で胎児の性別が分かる!?

 さて,「お腹の子が女の子だと妊婦の顔つきが優しくなる」という言い伝えのように,胎児の性別によって,母体に違いがあらわれることはないのだろうか。最先端の科学ならば,そんな母体の変化を検出できるのではないだろうか。

 米国デューク大学のCrawfordらは,霊長類の一種,ワオキツネザル(※1)において,妊娠しているメスの外部生殖器からの分泌物に含まれているにおい物質が,お腹の子がオスである場合とメスである場合で異なっていることを報告した(※2)。このワオキツネザルというサルは,マダガスカル島にすんでおり,イヌのように濡れた鼻面と鋭い嗅覚をもっている。かれらは群れで行動する社会性動物であるが,においによってコミュニケーションをとっているのだ。たとえばかれらの喧嘩のしかたはユニークである。ワオキツネザルたちは,腕にある分泌腺からにおい物質を分泌し,それを長い尻尾の先につけ,激しく尻尾を振ることで喧嘩をすることが知られている(※3)。

 Crawfordらはまず,12匹のメスのワオキツネザルのにおいが妊娠によって変わるかを調べた。すなわち,メスの分泌物に含まれる揮発性物質の化学的な組成を,ガスクロマトグラフィー法,質量分析法(※4)によって調べた。その結果,ワオキツネザルたちの年齢や妊娠した季節,産んだ子供の数といった要因の影響を排除しても,妊娠前と妊娠後で,分泌物の化学組成は異なっていた。

 だが,これだけではない。さらにCawfordらは,お腹の子どもの性別と母親の分泌物の化学組成についても調べたのである。面白いことに,ワオキツネザルはオスを妊娠すると,メスを妊娠した時に比べ,化学物質の種類が受胎前よりも大きく減るということがわかったのだ。


「におい」の使い道

 この研究では,ワオキツネザルたちが実際に分泌物のにおいをかぎ分けているかどうかは調べていない。しかしCrawfordらは,ワオキツネザルたちが,こうしたにおいの違いを利用して,複雑な社会関係を維持しているのだろうと考えている。例えばにおいを手掛かりにして,オスが妊娠中のメスとの交配を避けたり,オトナのワオキツネザルが,メスの子どもとオスの子どもに対して異なった投資をしたりするのではないか,といったところである。受胎による母体のにおいの変化自体はヒトでも報告されており,これによって母子間のコミュニケーションが促進されると考えられている。このにおい変化は,母体の性ホルモンの内分泌が変化することと強く関連しているようである。

 ワオキツネザルの社会ではメスの立場がオスよりも強い。生まれてくる子供の性別は,ワオキツネザルたちにとっても大きな関心ごとなのかもしれない。


執筆:James

カバー写真:ワオキツネザル・ぬかづき氏提供


(※1)ワオキツネザルについて。ナショナルジオグラフィック

(※2)Baby on board: olfactory cues indicate pregnancy and fetal sex in a non-human primate  Jeremy Crawford, Christine Drea 
DOI: 10.1098/rsbl.2014.0831 
Published 25 February 2015 Volume: 11 Issue: 2

(※3) 杉山幸丸(1996) サルの百科 株式会社データハウス

(※4)ガスクロマトグラフィー法,質量分析法についての詳しい解説は
こちら(材料科学技術振興財団)

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