200214 チャンネル2

この日は夜まで作業したので翌日書いてます。

久しぶりに健全な精神状態だった。13日に板接ぎをやったあたりから感情の火照りが落ち着いてきたように思う。

朝起きたらラインに連絡が入っていた。一件は隣の部屋の女性からで、体調が悪いので寮の鍵当番を代わってくれないかという内容だった。昨日約束したジムには行けないな。もう一件は朝清掃(この寮では朝7時半から週替わりで寮のあちこちを掃除するよう決まっている)の当番が一緒の女子からで、今週は風呂の当番なのだが、彼女はさっき朝風呂に入ってそのまま掃除したので今日の清掃はもういいということだった。起きた時点で7時半をとっくに過ぎていたのでほっとした。

夕方からめちゃくちゃ眠いまま作業をしていて、普段こういう時に無理やり事を進めると大抵どこかで破綻するのだが今日は大丈夫だった。むしろいつもは細心の注意を払って作業前に何回も確認して、それでもミスしてしまったりするのだが。今作っているキャビネットは3回程作り直しているのだが流石に熟練してきたのだろうか。

実習時間中に機械作業は終わったが部材を接着するところまでいかなかったので、寮に持ち帰って続きをする事にした。夕飯は鍋で、高卒すぐの男の子と一緒の席で食べた。途中で美大在学中の女子も合流し、他愛のない話をしながら鍋を囲んだ。皆帰ってくるのが遅かったのでいつもは19時から洗い物が始まるのにこの日は20時からだった。今日学校を休んだ隣人は洗い物当番でもあったので僕が代わった。

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洗い物が終わったらそのまま食堂の机に新聞を広げて作業の続きをする。接着をする前に必要なやすりがけだ。23時くらいまでテレビをつけながらやっていると寮長の男性が入ってきた。彼はいつも真っ赤なパーカーを着ていて視界に入るとすぐ分かる。彼は木工の腕もあるしどんな属性の人間にもよく話しかけ、周囲からの信頼も(多分)ある、自分の周りの環境をコントロールできる立場の人間に見える。羨ましい。だがたまに他の人間に話しかけてはその人の矛盾を見抜くような問いをする癖があるので若干めんどくさく、そういうところは少し苦手だ。前に急に進路のことを聞かれ、自分が収入優先で木工以外の職を選ぶつもりだという事を言ったら、案の定ツッコまれた。木工以外をやっている間に木工から離れてしまうのではないか、と。僕はここで言い淀んで自分の中に要らない罪悪感が生まれるのが嫌だったので、物事にはちょうどいいタイミングってのがあって、僕にとって今はそういうタイミングなのだ、と言ったら彼はこれ以上追求してはこなかった。彼のような、客観的な実力があって他人の本質に斬り込んでこようとする人間と対峙するときは謎の緊張感がある。そして僕は僕でこういう人に対して瞬間的に毅然とした態度をとってしまうことがある。

進路のことだが、彼に返した言葉はその場しのぎ、という訳でもないが大分内容を端折っている。僕は十分な給与が得られないから木工を辞める、というわけはなく、ただ地に足のついた生活がしたかった。大学時代から、木工は絵空事を実現するために自己否定を繰り返す作業で、結果目の前の生活を犠牲にして成り立っているものだった。そう、僕は「生活」がしたい。なにか広い世界に認められる「何者か」になろうという足掻きから解放されて、ただちっぽけな一人の人間としての自分を認めて、ただ生きるための時間を過ごしたい。ただ、木工は僅かながら確かに身についた技術であって、僕がある程度自由にできるツールなので、いつかそのうち僕の生活に自然に組み込まれてくれればいいな、位には思っている。

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この日起こった事の話に戻るのだが、寮長は食堂に入ってきて暫く黙っていたが、ドキュメント72hが始まったら急に浮き足立った声で「72h見た事あるか」と話しかけてきた。どうやら彼はこの番組が好きらしく、毎年年末の総集編を録画していることを教えてくれた。テレビ用に作られた「ウケ」ではなく、色々な人間のありのままの姿を見れるのが面白いのだと。少し分かってしまうな。ちょうどこの日放送の番組のロケ日が阪神大震災の日だったらしく、1.17の形に並べられたロウソクが画面に映された。京都出身で当時小学生だった彼は自分のところも揺れたのだと言っていた。僕はこの年の12月に生まれたので、大震災の方がほぼ1歳年上だ。東日本大震災はちょうど中学の卒業式前日だったのでよく覚えているが。

そのままテレビの話になって、僕がEテレをよく観ると言ったら彼も詳しいらしく、途中で入ってきたドラックストア勤務の男性と一緒にサボさんとサボ子どっちが好きだとか、シャキーンは見た方がいいだとか、朝食堂で2チャンネルを流したいとかくだらない話をしていた。僕はハッチポッチステーションの流れはクインテットとかフックブックローとかまでしか見たことがないのだが、コレナンデ商会の人形の中に一人紛れてる人間枠が川平慈英だということを聞いて爆笑してしまった。時間が時間だったのでそのまま2355を3人で観る。夜更かしワークショップの回で、ピタゴラスの定理を使ってチョコレートの面積を求めていた。普段テレビはBGM代わりなので内容をじっくり見ることはなかなかないのだが意外と面白いな。観終わった後、2355を人と観たことがないと言ったら初めてが俺らで良いの?と言われた。

こういうさあ、こういう連帯感だよなあ、と思う。僕が欲しいのは。多分寮長と自分は、根っこの部分で設定されているチャンネルに共通点がある。だからといって普段から仲良くしたいとは微塵も思わないけど。僕が求めているのは気の合う人間そのものではなくてその間にある「関係性」なのかもしれない。いってしまえばちょうど良い関係性さえあればその相手は誰でも良い。

この後結局2時くらいまでやすりがけして屍のように寝た。


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