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夢の終わりのその後も(1)

用もなくテレビをつけると
耳触りの良い曲が流れてくる。

特に見たいものがあるわけじゃ無いけど
この時間に流れているテレビはつまらない。
ゴールデンタイムになれば少しはマシか
…どうせその番組も楽しめない。

どのチャンネルにしたって
私の歌は流れない。

画面の中に、私は立てなかった。

21歳の夏が終わる。


15歳でオーディションに合格しました。

芸能事務所に呼ばれて上京したときは
他の誰よりも早くスタートが切れたと思っていました。

『あんりがデビューしたら、みんなに自慢するね!』

地元の高校に進学しないで
知らない土地へたった1人で向かう私は
カッコよくて幸運なヒロインでした。

新大阪の駅で友達みんなに見送られて
私の物語は華々しくスタートしたのです。

でも
16歳になっても
17歳も18歳も19歳になっても、
私の自慢話をしてもらうことはできませんでした。

それでもなんとか諦めずに
小さな縁を繋いでつなげて
やっとメジャーデビューができたのは
見送ってくれた同級生が
大学生や社会人になった
20歳のときでした。

ただひとつの夢を追いかけることに、なんの躊躇もありませんでした。
中卒でも。
学歴も青春も全部かなぐり捨てても。

メジャーデビューなんて、
誰にでも与えられる権利ではありません。

15歳からハタチまで
ただデビューすることだけを求めて。

でもチャンスなんて、
そう簡単には与えてもらえない現実を
嫌というほど体験しました。

実家にいても
進学しても
デビューできる人はいます。

だけど私にとって
メジャーデビューという権利は
『犠牲と引き換えに手に入れた宝物』でした。

そして5年を費やしてようやく手に入れた歌手という肩書きは
たった1年で失うことになりました。

勝てば官軍、負ければ賊軍。
負けた言い訳はありません。

私は、ただ終わったことを受け容れました。

受け容れはするけれど
だからといって新しい目標など
すぐに出てくるはずもありません。

学歴
部活
青春
文化祭
体育祭
どうでもいいことをやっている時間
生活のためじゃないアルバイト経験
親をうっとうしいと思える余裕
友達とただ長い時間話すこと
学割で映画を観に行くこと
勉強する時間が与えられていることにも気づかず受験が辛いなんて言えること
定期券内で途中下車してクレープを食べに行くこと
ゼミとかサークルで忙しいこと
就活スーツに身を包んで社会に出るそのときまでの猶予をもらえることも

持てなかった何もかも全部をうらやましいと思いながらも
それと引き換えにデビューを手に入れたつもりでした。

だけど結局わたしは
何ひとつ持つことを許されないまま
社会に放り出されていました。

気がつけば
1人の社会人として
あまりに未熟で世間知らずな21歳。

今日、なにをするべきか。
答えなどあるはずもなく
かといって迷うほどの選択肢もありません。

できることなんてなくても
なにもやらなければ
私がいないことなんて誰も気づかずに
明日はやってきます。

人並みに生活くらいはしなければ・・・
そうして電話をかけたのは以前のアルバイト先でした。
重い腰をあげて
やっと出かける準備をはじめます。

夢の終わりが決まってからも
人生は続くのです。

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