見出し画像

「春琴抄」から高度障害を考える

大阪の道修町といえば薬種問屋の街ですね。昔々、鵙屋安左衛門と称する薬種商がありました。七代目安左衛門の次女に琴という名の美しい娘がおりました。彼女は9歳のとき眼病を患って失明します。眼の見えない彼女の身の回りの世話をしたのが丁稚の佐助です。

この琴と佐助の物語が、谷崎潤一郎著「春琴抄」です。

琴こと春琴は、失明して音曲を学ぶようになり、やがて20歳で師匠の死を機に三味線奏者として独立します。佐助も彼女の弟子兼世話人として同行します。春琴の腕前は一流と広く知られるようになりますが、彼女の贅沢のために財政は苦しかったようです。

あることから、春琴が就寝中に熱湯を顔面にかけられ美貌を損ないます。その後、佐助が自ら両眼を針で突き刺して失明することになります。「春琴抄」一番のくだりですね。

さて、佐助が現在に生きている人間で生命保険に加入していれば、両眼失明で対象となる高度障害状態に該当し、高度障害保険金が支払われるでしょうか。つまり普通保険約款に規定する高度障害の1つの「両眼の視力を全く永久に失ったもの」に彼は該当するのでしょうか。

いいえ、該当しません。

というのも高度障害保険金には免責事由があるからです。保険契約者の故意または被保険者の故意により高度障害状態になった場合には、高度障害保険金は支払われません。当然ですよね。

ところで眼科の治療に眼球注射があります。糖尿病黄斑浮腫やぶどう膜炎などでステロイド剤の眼球内注射をすることがあります。目薬で麻酔し、細い針を使って、白目の部分から薬剤を注入します。また、新生血管の増殖を抑制するために血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor; VEGF)の働きを抑える抗体薬であるルセンティスやアイリーアを眼球内注射(硝子体内注射)することもあります。この抗VEGF薬の適応は、加齢黄斑変性症、糖尿病網膜症(糖尿病黄斑浮腫)、網膜静脈塞栓症と病的近視(脈絡膜血管新生)です。

春琴抄の佐助のように注射をするのです。生命保険の普通保険約款上では痛い注射は、原則手術非該当です。眼球という感覚臓器に注射するので、これは手術該当となります。硝子体内注射も同じです。保険約款では、対象となる手術番号69番の硝子体観血手術にあてています。

眼球の周囲に薬を注入する結膜下注射、テノン嚢下注射、球後注射などは非該当としているようです。これらは皮下注射と同じということでしょうか。

そうすると筋肉注射は、骨格筋という運動器に注射しているのだから手術該当と考えられますが、ビタミンやプラセンタを注射して手術給付金請求されても困るので非該当でしょうね。

もちろん生命保険の責任開始期後の傷病を原因として両眼失明をした場合には、高度障害保険金支払事由に該当します。成人の失明の原因疾患として多いものには、緑内障と糖尿病網膜症があります。特に、知らずに放置されていた糖尿病から糖尿病増殖網膜症となり失明となる被保険者もあります。

ちなみに、下寺町にある浄土宗の寺の墓石によると、春琴は58歳、佐助は83歳まで生きたようです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?