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投資家向けの知的財産情報の開示について

先日知財ガバナンス研究会第1回が開催されたとのnote記事を書きましたが、この研究会発足となったのがコーポレートガバナンスコード・スチュワートシップコードに知的財産というのが明記されたことでした。

実は投資家向けという観点では、小泉政権下で知財政策を進めていく中で知的財産情報の開示について動きがあったので、それをご紹介したいと思います。

サマリーは以下になります。

・経済産業省は2004年に「知的財産情報開示指針」を発表していたが、あくまで任意での開示を求めていた
・「知的財産情報開示指針」を受けて、「知的財産報告書」を発表する企業もあったが、いちまち定着しなかった
・自社の知財保有状況を可視化するためには知財の可視化=知的財産価値評価が必要になり、現在の知財評価ツールへと受け継がれている

1. 経済産業省の「知的財産情報開示指針」

経済産業省は2004年1月に以下の知的財産情報開示指針を発表しました。

サブタイトルに「特許・技術情報の任意開示による企業と市場の相互理解に向けて」とあるように、2004年時点で知的財産、特に企業が保有している特許や技術情報について任意に開示することを求めています。

2.本指針の考え方
本指針は、投資家の要望と企業の制約条件を踏まえ、企業と市場の知財経営に係る相互理解の確立を目指して、IRのうち、あくまでも任意の開示として、企業が将来収益の源泉たる知的財産を有効活用している態様を効率的、かつ、効果的に市場に示すことができるよう取りまとめたものである。

中でも投資家サイドからの開示を求めている項目として

① 要望が特に高い項目
ア) 企業のコア技術に関する概略
イ) 企業・事業の戦略
ウ) 基本特許の期限、法的訴訟の顛末等知的財産にかかわるリスク情報
② 要望の高い項目
ア) 主要製品(及び基本特許)による売上が全売上高に占める比率
イ) 技術の市場性・市場優位性についての経営者の分析と討議
ウ) 企業のビジネスモデル(事業モデル)

が挙げられています。

本文中にも言及されていますが、企業側が営業秘密を開示しなければいけないわけではありません。

知的財産というのは無形資産の中でも非常に大きなポーションを占めているので何でもかんでも開示するとなると、競合他社へ強力な武器を提供してしまうことに他なりません。

2. 流行らなかった(?)知的財産報告書

上記の経済産業省の知的財産情報開示指針に先立って、平成15年3月には産業構造審議会知的財産政策部会経営・市場環境小委員会で「特許・技術情報の開示パイロットモデル」を取りまとめています。

本論とは関係がないのですが、昔の資料についてはアーカイブサイトの方に移っているため探し出すのが大変になりました。今であれば過去分含めて各官公庁のサイトに蓄積できるサーバーも低価になっていると思うので、1つのウェブサイトにまとめて欲しいです。

この「特許・技術情報の開示パイロットモデル」に対し試行企業の公募を開始し、

その結果、

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の13社が応募しています。これらの企業は主に「知的財産報告書」という名前で報告書を発表しました。また上記の企業以外にも「知的財産報告書」を公開する企業があり、当時は「知的財産報告書」を発表したということでプレスリリースやニュースになっていたことを記憶しています。

今現在でも「知的財産報告書」を公表している企業はありますが、私の個人的な印象としてはあまり「知的財産報告書」が浸透しているとは思えません。また「知的財産報告書」を発表していたのですが、アニュアルレポートや統合報告書の方に組み込んだ企業もあります。

当時の知的財産報告書は会社全体の知財の保有状況や、特定製品に関連する特許の紹介などが掲載されていましたが、おそらくこのような情報だけでは投資家の方には響かなかったのだと思います。

3. 情報開示のために必要な特許評価

今でこそパテントリザルトのパテントスコアや、PatentSightのPatent Asset Indexのような特許のスコアリング・レイティングツールは一般的になり、企業でも利用されるようになってきました。

当時からも特許評価というのは注目されていました。その背景としては無形資産比率が高まり、従来の企業価値評価の方法が通用しなくなってきたことにあります。

もう1つ、上述してきた投資家向けに知財情報の開示をしていく上で、自社の持っている特許の価値を適切に評価する必要性が出てきたことによるのではないかと考えています。

なお、事業的な側面に着目した価値評価もありますが、知的財産面に着目した価値評価になると以下のような報告書「知的財産に関する総合的な評価指標に関する調査研究」が15年以上前に発行されています。

とはいえ、知財価値評価については業界・業種ごとの知財特性・特許特性の違いもあり、不動産の路線価のように「コレ!」といった定番の評価スキームが確立されていないのが現状です。

なお、最近「経営・事業戦略に貢献する知財価値評価と効果的な活用法」に寄稿した知的財産価値評価に関する私の論考を以下のnoteで公開していますのでご参照ください。

4. 先進的な取り組みをしていたIPB

知財の価値評価や、知財と経営というキーワードで思い出すのがIPB(インテレクチュアル・プロパティ・バンク、現在のパテントリザルト)です。

当時IPBは「特許四季報」(古本で過去)を出版したり、「実践 知的財産戦略経営」を上梓していました。データとしても特許だけではなく膨大な経済データを収集して、特許との関係をどのように定式化できるかトライしていました。

その片鱗は過去の特許出願(WO2006004131A1「企業評価装置、企業評価プログラム並びに企業評価方法」)からも確認できます。

特許請求の範囲1を見ると、

設備投資額、投資傾向指数等の企業の投資関連指標、
設備投資効率、労働生産性、全要素生産性、売上高原価率等の経営財務分析関連指標、
研究開発費、発明者数、発明者比率、発明者1人当研究開発費等の研究開発関連指標、
研究開発費比率、研究開発効率、特許出願生産性等の研究開発効率関連指標、
特許出願件数、出願請求項数、出願1件当請求項数等の特許出願関連指標、
審査請求件数、平均出願経過年数、審査請求率等の審査請求関連指標、
特許登録件数、登録請求項数、発明者1人当登録件数等の特許取得関連指標、
総有効特許件数、総有効特許残存率等の特許ストック関連指標、
出願請求項数シェア、特許集中度等の特許集中度関連指標、又は、
特許収益性関連指標
等の企業指標を取得する企業指標取得手段と、
売上高、特許料等ロイヤルティ収入、営業利益等の収益関連指標、
超過付加価値額、超過営業利益等の超過収益関連指標、又は、
知的資産期待収益等の市場評価関連指標
等の総合評価指標を取得する総合評価指標取得手段と、
前記取得した企業指標を用いた因子分析を行なって企業指標を抽出する因子分析手段と、
前記企業指標及び総合評価指標を用いた重回帰分析を行なって、総合評価指標に対する寄与率Jを算出する寄与率算出手段と、
前記抽出した企業指標とその寄与率Jと、総合評価指標とを表示手段に出力、印刷手段に出力、記録媒体に出力、又は通信回線を介して他の通信機器に出力する出力手段と、
を備えたことを特徴とする企業評価装置。

とあり、様々なファクターを考慮して企業評価しようとしています。

5. 今後取り組んでいきたい研究テーマ

知財ガバナンスに限らず、自社保有特許の強みを定量的に可視化する、また特許や知財が自社事業にどれだけ貢献できているのか可視化することは知財業界にとって永遠の課題だと感じています。

1つの計算式で綺麗に可視化できるわけではないと思いますが、

・自社保有特許の強みを定量的に可視化
・特許や知財が自社事業にどれだけ貢献できているのか可視化

については、自主研究テーマとして引き続き研究していきたいと考えています。

既に研究発表しているのは「業界・業種において特許出願構造・特許価値が業績へ与える影響に関する定量的検証」です。

特許や知財が自社事業にどれだけ貢献できているのか可視化するためには、まず業界・業種ごとの知財の経営・事業へ与えるインパクトを可視化する必要があると思って上記のような研究をした次第です。

今後も引き続き、こちらのnoteや学会等で研究内容(学会発表したスライドはSlideShareで公開)について発表していきたいと思います。

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