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(仮)トレンディ電子文 第41回:美川憲一の魅力(1)

 トレンディ期このかた、TVの中のクィア(と言っていいかどうか微妙なのは承知の上で)タレントとして30年以上常にイメージを変えることなく活躍し続けている美川憲一。Youtubeチャンネル、ブログなど近年のコンテンツにおいても、やけにクールというか戦略的にトレンディ期から全く温度感の変わらない、笑われ上等なザッツ美川憲一を維持し続けている。グレーゾーンに頼らずアイデンティティに胸を張る若いクィア・タレントが増えた現状との何とも言えない距離(レインボープライド出演には驚いたが、美川はカムアウトについては決して実行しない)については生煮えの思いがあるが、何はともあれ77歳、2024年までたどり着いたのだ。ご利益ができるほど神格化された美輪明宏、切ない老老介護へと至ったおすぎとピーコと比較してもまだまだキャリアを総括されることの少ない美川の魅力を、トレンディ期から始まったセカンド・キャリアを中心にここで列挙してみたい。

①ヒット曲が多い
「柳ケ瀬ブルース」「新潟ブルース」はオリコン前夜なので正確な記録が無いが、68年以降でも「大ヒット曲」と呼べる楽曲が「釧路の夜」「みれん町」「おんなの朝」と3曲ある。当時の男性歌謡歌手と比較してもこれは森、五木、前川に続く成績であり、コロッケ・ショック(後述)が無くても歌手として十分にレジェンドなのだ(中川博之との相性の良さで語られがちな美川の歌手キャリアだが、聴き直して気付くのはむしろ米山正夫楽曲の表現の素晴らしさで、日本歌謡史的には美川は後者の様々な系譜にこそ紐づけられるべきだろう)。トレンディ期がほぼ「さそり座の女」リバイバル一発で覆われてしまったのは残念だが、その後の粘り腰で90年代後半からようやく小ヒットもぼつぼつ出始め、ふたたびのご当地シリーズ「湯沢の女」「納沙布みれん」はゼロ年代演歌の中でもなかなかの存在感のある楽曲となった。MC皆無のコンサートが仮に開催されるとしても、参加者は存分にヒット曲を浴びることができ、大満足で帰路に着くことだろう。

②コロッケ・ショック
自身がたびたび「ここで賭けようと思った」と語る通り、89年正月のものまね番組での「ご本人登場」によって美川のセカンド・キャリアは始まった(しかしいつも疑問に思うのはコロッケのモノマネ中に多分に含まれていた「美川のクィアネス」を、初見のお茶の間は了解していたのか、それともここで初めて知ったのかということだ。当時を生きる誰に聞いてもその辺りの記憶が曖昧で不思議なのである)。この人を大っぴらに笑っていいのだと世の中が認識して始まったという意味では現在再現不可のこのセカンド・ブレイクだが、もちろん89年の時点でキャラクターができあがっていたわけでは全くない。ちょっと動画を検索すれば一人称が「ぼく」だったりルージュを引くことに明らかにためらいのあるトレンディ美川を見ることができる(因みに美川は今に至るまでスカートは着用しないのだが、ここにも女性化に対しての何かしらの屈託が感じられる)。「もっとはじっこ歩きなさいよ」の「タンスにゴン」CMによってある種の能動性を確立、シンプルにゲイバーそのものな「いらっしゃ~い」のフレーズで始まる「夜も一生けんめい。」でご意見番的な立場を自認するという流れも、今各コンテンツを見返すと本人の天分をそこまでは感じられず、同時期に吹き込まれたCDの「おもしろトーク」も素人かアドリブかと思うほど拙い。コロッケ・ショックの博打とはご本人登場の「決断」だけを指すのではなく、その後数年をかけたキャラクター造成の地道な(?)努力を含んでいるのだ。

③声がいい
試しにお部屋で「ちょっとコロッケぇ」と美川のトーンで発してみてほしい。満足のいく発声とは恐らくいかないのではないか。「オネエ口調」に気を取られるとなかなか気付けないのだが、美川は凡百の「ゲイバーのママ」と比較し抜群に聞き心地のい「低音の美声」の持ち主である。サムネのようにモノマネの対象として妙な希求を未だ集めるのも、口調より寧ろ声質・トーンをこそマネしたいという気持ちを多くの人に惹起させるからではないか。近辺の時期の真の「クィアご意見番」はセカンドブレイク後のピーコであり、美川からピーコを引いたときに残る要素こそモノマネの本懐なのではないか。そういえば今は廃盤となってしまったiphoneのアプリに「美川電卓」というものがあった。電卓の数字を打ち込むと「いち、たす、さん、は」などと美川の声が発せられ、更に別モードを起動すると数字や記号と関係なく「おだまり、ちょっとあんた、なによ」などと音声が発せられるという最高のアプリで、割り勘のたびに計算するのが本当に楽しみだったのだが、そこにもコミカルさの共有よりまずは美声を聞く快感が自分にもあったように思う。

(つづく)

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