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わたしのアントンくん顛末記

10月4日
週末の休日出勤のことで非常にメンタルが落ちていた午後、予定の1日遅れで「RIIZE 対面サイン会」当選の案内がメールで届く。そもそも3日に当落通知予定であったことも忙しくて失念しており、Twitterのトレンド検索で思い出したのだ。通知を観た刹那どういうわけか「これですべてを投げ出せる」と思った。仕事中の不安や心配、配慮のはるか上空から、おそらく生涯刻み付けられる出来事が、まったく仕事と関係なくピカピカ輝きやってきた。「天啓として受け入れ、この日の訪れを阻むものは全て取り払おう」素直にそう思えることに驚くと同時に、すっかり気持が楽になってしまった。夜に友人ひとり(Kポ仲間)だけに当選の旨報告。当日の質問を考えてもらうものの「アントンの名の由来はチェホフですか」を彼はズッと気にしていて妙案が浮かばない。

10月5日~6日
当選メールを何度も読む。本人確認の厳重さについて読み返しているうち「現住所の書類と申し込みフォームに記入した住所が違っていたらいかなる理由でも参加できない」という事に気付き青ざめる。自分は仕事の関係で住民票を実家のままにしており、申し込みフォームでは都内の現住所を入力していた。30秒で住民票の変更を決断。翌日出社前に役場で転出届を、退勤後に転入届を提出。仕事のうえでかなり都合が悪くなるが、今回の当選は天啓であり迷いはない。つまり不都合が重なるなら、退社をすればいいわけだ。

10月7日
休日出勤もトラブル無くこなす。不安の大きい仕事がひと段落で安堵したと同時に冷静さを徐々に取り戻す。この「対面サイン会」にやせっぽちの冴えない中年男性(の見た目でしかない自分)が、果たして参加していいのだろうか。落選した若年者たちに対する申し訳なさが急に襲ってくる。Z世代、ZZ世代(こんなガンダムのような定義があるかは知らない)に交じって、タックインでニヤニヤ行列する自分。アントンくんの気持ちになって考えてみなさい。自分の登場がもしかしたらとんだサプライズとなる。せめて見た目が「おばちゃま」であったなら納得してくれるか。あるいは「ユンサン」の事など尋ね、知った風な業界人を装う?…冷静になればなるほど、この「デビューしたて」の、まだキャリアの存在しない男性アイドルに会いに行くという根拠が「好き」しか無いことに慄く。「好きだと言いたいから好きだと言いたくない」という、ゲイならではのパラドックスが頭をもたげる。思春期じゃないんだから…自分の問題が片付いていないのにアントンくんを巻き添えにしてはならない。参加は見送ろう。

10月9日
ジャニーズ楽曲を振り返っていた。志があり、それが体制の中で"不完全に"閉じている点から終楽章はキンプリの「ichiban」が相応しいだろうと思うのだが、このPVを見た後に(ある種いじわるな動機から)参照元であるNCT U「Make A Wish」を思わず見てしまう。久しぶりの鑑賞で思いのほか心が揺さぶられる。シャンデリアにぶる下がりブンブンとやってくるルーカス、そしてショウタロウ。中本くんは先日の「NCT NATION」のMCで「NCTという名で一緒に活動してくれたメンバー」について言及した。

既に無くなってしまった関係性や魅力はどこへ行ってしまうのだろう。志半ばの苦くもそれゆえ美しいパフォーマンス。各人の魅力の完璧な発露としか言いようがなくしかし再現の叶わないパフォーマンス。夢叶ったじゃん!を全身で表した現在進行形のパフォーマンスだって日韓色んなところにある。それらに優先順位は無い(し、そもそも恋愛でないので「選択肢」というものでも本来はない)。近づいたり離れたりしながらその時々の欠片が、記憶として、印象として、作品としてヒストリーになり残る。いまデスクトップに映るすべてが、様々なグループが懸命に生きた証だ。同じ時間を皆生きた。

気がつくと涙が止まらなくなっていた。「Get A Guitar」をグシュグシュになりながら100回目くらいに見返す。ヒストリーの末端でアントンくんは人待ち顔で微笑んでくれているかのようだ。「対面サイン会」やはり参加するべきだ。

10月10日
例によって仕事をやっているフリで一日クタクタになってしまった。聞くところによると「NewJeansおじさん」の定義の重要なポイントに「権威的」があるそうだが、自身の来し方を鑑みると「権威」につながるようなキャリア・スキル・成長などまるで形成されていない。だから自分はアントンくんに胸張って会えるなどと言いたいのではない。「今の自分」がある程度胸を張れるものとして存在していないとおじさんに"すら"なれず、そんな得体の知れない「エイリアン」が「対面サイン会」に登場してアントンくんはどう考えるかと思いを馳せ、再び落ち込むばかりなのだった。

RIIZEのインスタライブがちょろっとだけ配信された。ソンチャンのスポが飛び出したりもしたが、何かを受賞して皆嬉しそうだ。ショウタロウがダンスブレイクでくるくる回る素晴らしい映像を何度も見た。なぜか安井かずみの絶筆「金色のダンスシューズが散らばって、私は人形のよう」が浮かぶ。「みナみカズみ」はKポにどんな訳詞をしただろう。

10月11日
「対面サイン会」時間と場所のメールが届く、と同時に転職の応募で「残念ながら~」のメッセージも届き一気に抑うつ状態に。忙しいわけでもないのに不安感が付きまとい、ここ(職場)にいるべき人間ではない、という確信が始終身体を貫く。この数日折に振れ湧く「対面サイン会」に行くべきでない(行く資格がない)という思いは、実は上記感情と比例しているのではないか。どこにいても自分は受け入れられるという楽天性に、何かの契機でひっくり返らないものか。アントンくんと会う動機のトップに「元気をもらいたい」がいま躍り出た。

10月13日
心身の具合悪くとうとう仕事を仮病で休んでしまった。この期に及んでなお「推しに会うため辛い仕事も頑張れる」というモードが一切発動しない(自分と「推し」概念の相性の悪さの根本にはやはりセクシャリティの問題があるのだろうが、掘り下げる気力はない)。気持ちを入れ替えねばと考えていると写真美術館でジガ・ヴェルトフ集団の上映があることを思い出し「定時過ぎたら外出可だろう」と行ってみる。このタイミングで「ヒア&ゼア こことよそ」というタイムリーな上映だったが、上映後になんと足立正生のトークタイムがあり、その闊達さに大いに励まされた。

…「自分としてただ見る」という地点から始めなければならない。明日アントンくんに何を話せばいいか決めあぐねていたが、思いを伝えるよりもその「場」に自分(ここ)がアントンくん(よそ)といる、それだけのことをただ誠実に見てこよう。それが自分にできることだ。

10月14日
集合は12時半に東京ドーム前のプリズムホールだった。奇しくも転職フェア以来の同地。ソワソワと11時過ぎに着くと建物沿い屋外で既に列。どうやら先の時間で「お渡し会」も行われるらしい。辺りに自分と同じ目的の人が沢山いる。若い女性のみでは全くなく、ナムジャペンも10人に一人くらいはいて自分が浮いている感も無くいられる。ドームシティは椅子とテーブルが結構あり、そこいらで皆ハングルの手紙を一生懸命書いている。そもそも渡すのはOKなのだろうか(メールには特に書いてなかった)。また名札を英語・ハングルで作っている人も多い。それはあったほうが良かったと後悔した刹那、座った脇に「馬券」が捨てられている事に気付く。ペンはあるので即席で名札を作った。

お渡し会の列がはけ、ちょうど定刻で「対面サイン会」の列に誘導される。カタカナでメンバーの名前が書いてある看板に沿って一列で並んだ。7人分全部で100人くらいだろうか。スンハンの列に目が覚めるくらい若く美しい男性がいた。彼とスンハンの距離は自分とアントンくんの距離とは違う何かなのだろうなと思う。ID確認もその列で行った(恐れていたほど厳密ではなかった)。そのついでで自分の名前を書く紙(英語のみとの指示)が渡される。各メンバーはこれを見て書くらしく名札は必要無しか。特にペンを持ってきてというアナウンスは事前に無かったので、周りでフアン同士貸し借りをしていて連帯感が芽生えてくる。日差しがややキツいなか40分くらいそのまま待ち、ようやく列ごとで建物に入っていくが、アントンくんはマンネなので入るのも最後。立ちっぱなしで疲れてしまい、一瞬スンハンペンの美男にサインもらって帰ってしまおうかと思う。

中は転職フェアより遥かにそっけなく、7人のブースは特に仕切られてもおらず広々していた。全員の顔が見られるということか。スタッフなのか、「M 愛すべき人がいて」そのものなavex的ギョーカイ男性が何人もウロウロしていた。こういう環境下でRIIZEも働いているのだ。さほど待つ事なく7人が紹介と共に登場。アントンくんの衣服はネルシャツだった。肩パット(ひょっとしたら地肩)がトレンディなウンソク、両手を上げるとひもがだらだら垂れる特殊セーターのウォンビンが目立っている。ショウタロウは遠いがソヒ、スンハン、までは至近距離と言っていい。正面に到着するアントンくん。眩しく美しいが、それよりも「ウェブ上で見知った個性や人格がその通り目の前にいるのだな」という感慨が強かった(ソヒなど特にそうだろう)。韓国からようこそ。この建物、トレンディでしょう?サイン会もすぐにスタートし、あっという間に自分の番に。

名前を書いた紙(馬券じゃないほう)をこんにちは、と渡す。結局これを話そうという事を決めていなかった(直前までチェホフの事を確認しようかと「derive」の発音を調べたりした)が、間近で目を合わせた瞬間本当に言いたかったことが、自然と口から出ていた。

I want to hear the song you composed someday.

アントンくんはサインをする手を止め、目を合わせてこうハッキリ言った。

Soon.

ハッキリは言ったがやはり小声だった。

サイン会が終わったあとも30分くらい?会場全体でメンバーのトークの時間(みんな何食べましたか?など。メンバーは日本語をあまり喋れないのでショウタロウが自然と通訳になっていた)があり、ほのぼのあっためあう感じが良かった。フアンが持参した手紙などは恐らく誰も渡せてはいないようだったが、会場内で自然と仲良くなっている人達、感極まり泣いている(自分と同年代の)女性など本当に思い思いの時間があった。フアンでさえあれば、この場は誰でもウェルカムなのだ。嬉しかった。

電車にすぐ乗ってしまう気もせず、ウォンビンのギターの物真似をしながら神保町まで歩いた。


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