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(仮)トレンディ電子文 第27回:メロディー・セクストンをよく知ろう(2)

 (承前)トレンディ期にセッション・シンガーとして活躍したメロディー・セクストンの、92年にリリースされた初ソロ作品が「Beautiful Dream」だ。クレジットを見てわかる通り、カヴァー曲を除いて作詞が本人、作編曲が難波正司の布陣で統一されている。これはこのアルバムが当時の難波のレーベル/プロジェクト「P.S.F.(Pacini Sound Factory)」の作品のひとつとしてリリースされていることによる。このレーベルは解説によると「音楽を組み立てる最初の段階からサウンドの構成に明確なコンセプトと指針を持ち、気持ちよさに基準を設けて」いるそうで、具体的には200Hz前後(重低域)の出音に重きを置いている(!)とのことだ。トレンディ期だけで10枚近くの作品がリリースされたこのレーベルは難波のソロ作品のほか、メディアとの全面タイアップ作品が主力となっているのが大きな特徴で、「難波正司&P.S.F.」名義の3枚目(メロディー・セクストンも全面参加)は神戸のKISS・FMとの全面タイアップが大々的に謳われている(というのが何を意味するのかはよくわからない…ヘビロテされたのか、番組内でジングルとして多く使われたのか?)ほか、90年代シティ・ポップの文脈で非常に評価が高い宮沢りえのシングル「心から好き」を収録した「東京エレベーターガール」のサウンドトラックもこのP.S.F.からのリリースである。

 以上の情報から想像がつく通り、メロディのアルバムもエアチェック・フレンドリーというか、デジタルな音像に柔らかさを持たせた「FM生活」映えするトレンディ名盤となっている。果たして重低域が何か際立っているかは不明だが、やはり「和製」の匂いは希薄なようにも思う(まあ当時はヒットしたアルバムでも海外録音が多いのだが…)。リズムは打ち込みながら比較的セッション色の強いアップ①でアルバムは始まる。杏里プロダクションを打ち込みで再現したようにも聴こえるが、しかし天上まで心地よく伸びるような歌唱力がそのために余計際立って聴こえる。こういう比較は良くないかもしれないが、「本物」だという気持ちになるのだ。②はミーシャ・パリスのような、92年ならではのブレイクビーツ。重心低めのヘヴィなファンク(うなるギターは松原正樹)③まで3曲の派手め曲を経て、タイトル曲④はクワイエットストーム感触の強いミディアム。とは言ってもビートはハネているので92年的だ。終始流麗なサックスが囲むように鳴っていて、ジェイク・H・コンセプションかなと一瞬思うが演者はなんと渡辺貞夫…!千葉のBAY FM「Love our Bay」キャンペーン(よく分からないがトレンディすぎる)テーマソングとしてシングル・カットもされた。⑤は今剛のエコーがかったディストーション・ギターを利かせたNJS。当然打ち込みながら中盤以降妙にセッション感覚が前面に出てきて面白い。オルガンとOriginal Love「ミリオン・シークレッツ・オブ・ジャズ」風シンコペーションで当時の渋谷気分に片足かけた⑥を経て、前年にファースト・シングルとしてリリースされた名曲⑦が登場する。この曲は高城剛作の伝説的な深夜ドラマ「バナナチップスラブ」のエンディング・テーマ(因みにOPは件のOriginal Love「月の裏で会いましょう」)であった。ドラマは全編NYロケの前衛的とも言える作品で、添付の最終回にはラリー・レヴァンまで登場するという徹底ぶりだったが、メロディの楽曲はエキセントリックさを排した、穏やかなバラードだ。J-WAVEにジャストフィットなキャロル・キングのブラコンカヴァー⑧、コポコポしたパーカッションのミディアム⑨と後半は穏やかな楽曲が続き、八木のぶおのスティービー風ハーモニカが郷愁を漂わす⑩で緩やかにアルバムは幕を下ろす。おやすみなさい。

 このアルバムやクリスマス企画盤などを含め、彼女は4枚ソロアルバムを残している。小室ファミリーと帯に書かれてしまった95年のアルバムも、中身は同時代のR&Bとして申し分のない出来で、ややアシッド・ジャズ風味に足を延ばしつつもクリストファー・クロスなどのデジタルAORなカヴァーがどれも素晴らしい。そしてその後の彼女だが、ゼロ年代半ばごろまではGTSのほかJ-POPのコーラスで名前を見かけるものの、残念ながら近況については詳しくわからない。ネット上でも10年ほど前に作られた「結婚式でゴスペル・シンガーが歌います」というシンガー派遣サイトに彼女の名前と写真があるのが確認できるくらいだ。GTSのシンガーとしてのキャリアを差っ引いても、90年代日本製ポップスのグルーヴィー・サイドを振り返るうえで重要なアーティストだと思うので、70年代のソニア・ローザのような再発・再評価を切に願う。


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